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読書日記 「これからの本屋読本」

登録して以来、放置していたnoteを2020年を迎えたことを機に、徒然なる読書日記として始めてみようと思う。

子供時代は、ずいぶんと本を読んだものだった。週末には図書館に連れて行ってもらって、5冊までの貸し出し可能冊数に満ちるまで選んでは家に着けばすぐに読み始めたものだった。

誕生日だとかクリスマスのプレゼントには、「はてしない物語」だとか普段はちょっと値が張って子供心にも親にお願いできなかったような本を贈り物としてもらっていた。

幼稚園から小学1、2年の頃までは体質が虚弱だったのか、敏感だったためか月に何日か風邪をひいてはお休みすることが多く、そういう時には両親が治ったら読む本というものを枕元に置いてくれたりした。

時にぬいぐるみだったこともあったかもしれないが、それがおもちゃではなく本であったということは、今となってもありがたいことだ。

後に社会人となってから、書店で働いていた時には、通勤の電車の中でよく本を読んだものだった。思えばあの頃、携帯は存在していたけれどもスマートフォンの存在はまだ無かったのだ。だから気を散らすこともなく、読書に耽っていた。

それがパタリと読まなくなっていた時期と言うのも存在している。その後にビジネス書に関心を持つ時期というのかやって来た後に、今再びの本と親しむ時を迎えている。

記念すべき第一号記事としては、「これからの本屋講座」の主宰である内沼晋太郎氏の「これからの本屋読本」の読書日記にすることにした。

これまでに二度参加しているこの講座が、さらにギュギュっと内容の詰まった状態になっている。内沼さんの言葉にするならば、これもまたひとつの本屋なのかもしれない。たしかnoteでも全文公開をされていたと記憶しているけれども、やはり紙の本を好む者としては、この1冊を手にして度々読み返すことの喜びを感じたい。

中ほどのページには、本屋を始めるにあたり必要になることが丁寧に書かれていて、私の脳みその中にインプットするには数回から数十回読み返す必要にありそうだが、本に関わりたい者としては、なんともありがたいものである。

度々、彼の言葉の中にもあることとして、本屋というものの定義というのか世間一般的に「本屋」と言われて想像されるものの枠を取っ払うような、本屋というものについて書かれている。

本、本、本、本、本・・・

なぜか、本のある空間を好んでいる。本があれば目がいくのも、子供時代から本のある環境に住んでいたからだろうか。ということは、家の中が本屋だったと言えるということか。

全ての本を読み終えられるわけではないが、というようなことが書かれていて、あぁ、そうですよね、内沼さんもそういうことがあるのですね、というひとり読みながら安堵するところもあった。私にとって本というのは装丁がたまらなく気になって購入することもあるから、そうなると内容如何の前に装丁を眺めるだけでも幸せな気持ちを味わうことができるのだ。

この新しい本というかたちを体現している「これからの本屋読本」というのは、(たぶん)内沼さんの思惑通りに多くの本の中で強き主張をすることもないのに独特の佇まいで存在感を放っている。

実際に本屋を開いている方々との対談もあったりして、本屋のリアルさというのか、大型書店とは異なる存在である本屋ならではの話というものを知ることもできる。

内容満載であるから、これは最初から最後まで読了したということも書いておこう。













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