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松崎冷菓 うみのバニラ

桂浜は、決してだれにもおもねったりしない場所だ。

ただただ白く、大風呂敷のような砂浜にいると、その圧に敗れて海に背を向けるか、そうでなければ「うらぁ〜〜〜!!」とでも叫びながら、息切れるまで疾走するか、どちらかだろう。

かけ出すレイを追うこともなく、俺はその褐色のシルエット(走っているレイそのものがまるで影のようだ)が遠ざかっていくのを眺めていた。

だいたいに、俺はこういうとき、レイを解放しておくよりほかない。

レイを怒らせると、だいたい俺はいつも大変な目に合う。
小学生の頃などは、軽いいたずらのつもりで蟹を顔の前に放したら、いきり立ったレイは思いっきり頭突きを繰り出してきたこともあったのだ。

そして俺は、こういうレイの標的にされることが、何より好きだった。

俺は、レイの最大の標的にされて、まっさきにその仕打ちを受ける存在になるために、いつも「史上最大の作戦」を考えては、レイをとことんいきらせていたんだ。

子どもだった俺には何もちゃんとした理由を伝えられないまま、レイがこの町からいなくなったとき、はじめの2日くらいはこの浜にレイを探しに来ていたな。

今思えばおかしなことだけど、最初の日は、けっこう真剣に、ほんとうになんとなく、海の中、浪の中を探したりしたんだ。浪の中、そう。

海の水は乱暴に塩からく、無慈悲に痛みを連れてきた。
でもそれが、レイと一度でもキスをしていたとしたら、とか考えているうちに、だんだんとその汐が甘美に、どうしようもなくステキに、なっていったな。

痛いよ、辛いよ。
ここにいるんだろ?

浪のかたちが、レイの八重歯とシンクロしたとき、あ、俺息しなきゃ、てことに気づいた。
耳の水が抜けて、急に騒がしくなった。



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松崎冷菓 うみのバニラ

しあわせ度:★★★★☆
目新しさ:★★★★☆
見つけやすさ:★★★☆☆(ナチュラルローソンにあります)
コスパ :★★☆☆☆

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