見出し画像

人生の最後を迎える時に考えること

「最後」と書くのがふさわしいのか「最期」と書くのがふさわしいのかよくわからないが。

あなたは人生の最後をどう過ごしたいだろうか?

どういう人生を送ることができれば、

「あぁ自分の人生、良いものだったな。幸せだったな。やりきったな。」

なんて思えるのだろう。


🔁


同居していた祖母が余命宣告を受けた。

最初は余命3ヶ月。

次は余命1ヶ月。

今日になって急に余命1週間を宣告された。

膵臓がんのステージ4。

見つかったときにはもう手の施しようがなかった。

今日久しぶりに祖母に会いに病院へ行った。

面会制限はまだまだ厳しい。

久しぶりに見た祖母は、もう息をしているだけだった。


この世にまだ生きていたいと思って生きているのか、

酸素吸入で生かされているだけなのかさえ

正直よくわからなかった。



病院からの帰り道でずっと考えていた。祖母は幸せだったのだろうか、と。

私の祖母は町内ではある種の記録に残る.....公務員だった。

いわゆるキャリアウーマンと呼ばれる者なのか。

あまり詳しくは言えないけど町内で女性初の〜〜〜への出世をした。偉業達成といったところか。

祖母は死ぬ間際に何を考えているのだろうか。私はずっと考えている。



この前見たテレビで人生において「燃焼」が大事なんてことをある人が言っていた。

頑張るものはなんでも良いから今死んでも良いと思えるくらい悔いなく燃焼しろ、というようなことだっただろうか。

私は今死んでも良いとは1ミリも思えなかった。

何かに対して一生懸命になれていないということだろうか。

「燃焼」しようと思える物事が、見つからないだけだろうか。

今死んでも良いと思えるような生き方を、まだ探し途中なのだろうか。

時間はあるようで、ないはずなのに。





祖母の人生はどうだったのだろうか。

思いっきり「燃焼」できただろうか。

後悔より幸せの方が大きいだろうか。



ずっとずっと、考えている。