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『六人の嘘つきな大学生』 #読書 #感想

就活をテーマにしたミステリー、若干イヤイヤ読み始めたのだけれど、続きが気になってページを捲る手が止まらない小説だった。

就活生の皆さんは読むのはお勧めしないけれどね。

この感想にネタバレはないです。


『このミステリーがすごい! 2022年版』(宝島社)国内編 8位
週刊文春ミステリーベスト 10(週刊文春 2021年 12月 9日号)国内部門 6位
「ミステリが読みたい! 2022年版」(ハヤカワミステリマガジン 2022年 1月号)国内篇 8位
『2022本格ミステリ・ベスト10』(原書房)国内ランキング 4位

成長著しいIT企業「スピラリンクス」が初めて行う新卒採用。最終選考に残った六人の就活生に与えられた課題は、一カ月後までにチームを作り上げ、ディスカッションをするというものだった。全員で内定を得るため、波多野祥吾は五人の学生と交流を深めていくが、本番直前に課題の変更が通達される。それは、「六人の中から一人の内定者を決める」こと。仲間だったはずの六人は、ひとつの席を奪い合うライバルになった。内定を賭けた議論が進む中、六通の封筒が発見される。個人名が書かれた封筒を空けると「●●は人殺し」だという告発文が入っていた。彼ら六人の嘘と罪とは。そして「犯人」の目的とは――。

『教室が、ひとりになるまで』でミステリ界の話題をさらった浅倉秋成が仕掛ける、究極の心理戦。

https://kadobun.jp/special/asakura-akinari/rokunin/


この小説には、日本の就活の悪しき風習というか、変わらないまま長い間続けられてしまった「型にはまった就職活動」が描かれている。

誰もがリクルートスーツを纏って、対面で選考を受けにいく。

本の中の就活の世界は、現実の就活の世界よりも何倍も残酷だ。
こんな酷い状況を ワンキャリアを中心としたいくつかの就活サービス等が変えてきてくれたんだなぁ、という感慨深ささえあった。


ここで読むのをやめてしまうであろう4割くらいの方のために、就活はどうしても「これ」を感じてしまう…..という(ある意味悲しい)内容が うまくまとめられたページがあったので、先にこれを示しておく。

通知表を何一つ賑わすことのなかった僕に対する周囲の評価が、初めて採点対象とされる。

33ページより

主人公の波多野は、周囲と比べてまずまず就活をうまくやれている人間である。

しかしやっぱり『どうやらうまくやれているらしい』という以上の手応えはなかった。透明な銃で透明な敵を撃ち続けていたら、思いのほか悪くないスコアが手元に表示されていたというような話で、そこに喜びはあっても具体的な根拠や確信は存在しない。そして往々にして理由の提示されない勝利の喜びよりも、無慈悲に突きつけられる敗北の痛みのほうが、ずっと胸に深く残り続ける。

33~34ページより

これを感じたことがない就活生の方が圧倒的に少ないのではないだろうか?と考えさせられた。
私も何か突出した強みや才能はなかったものの、『どうやらうまくいっているなぁ』と思えるくらいの結果は残せていた。
だからこそ迷路に入ってしまってもどうにか自分の力で抜け出せていたのかもしれない。

そんな私は、迷路に迷い込んでしまい自己評価が下がり、そして自信がなくなった24卒就活生の助けになりたい、と傲慢にも思っている。





波多野以外に、五人の就活生が登場する。
1人は今の就活で「体育会系」と括られるであろう、袴田くんである。

彼は就活についてこんなふうに語っている。
そしてこれは、多くの就活生の声を代弁しているように感じざるを得ないのだ。

そんなふうにして選考を重ねるにつれて、段々と設定が仕上がっていって、嘘をついている自覚すら消し飛んで、妙なディテールまで淀みなく答えられるようになっていくのよ。(略)
平気な顔して嘘つく天才よ、就活生は……

72ページより

そして何より彼は、決して少なくない数の就活生がやっているであろう、「ガクチカを盛り、嘘を話す」ということをやっていた。良いか悪いかはここでは別の話だが。

就活生の嘘は面接官にバレている….という話はよく聞くけれど、バレるバレないは正直どうでもよくて、「自分を偽って『すごい』人間に仕立て上げなければ、良い会社には入社できない」という当たり前の文化が異常なのである。

自分をよく見せようと偽った結果で 入社できた企業で、周囲の人間に評価される。これは本当に幸せなことなのか?とかそれ以前に、
この採用は本当に意味のある、企業と学生のための本質的なものなのだろうか?ただの儀式なのではないだろうか。


人事だって会社の悪い面は説明せずに嘘に嘘を固めて学生をほいほい引き寄せる。面接をやるにはやるけど人を見極めることなんてできないから、おかしな学生が平然と内定を獲得していく。会社に潜入することに成功した学生は入社してから企業が嘘をついていたことを知って愕然とし、一方で人事も思ったような学生じゃなかったことに愕然とする。

226ページより

ただ何度も言っておきたいのは、「今の就活はこの本に書かれているよりは遥かにマシな状況」ということである。
だから就活生には読まないでほしい本なのだ。就活に勝手に絶望してほしくないし、人間不信を小説で加速させてしまうことは本意ではない。



この本の真髄であるミステリー部分にはあえて触れない。ネタバレはしない。

けれど相手の本質は見極められない。これだけは言いたい。
人事は就活生のことをたった数十分の面接で理解できるはずがない。
相手の全てを知る方法など、存在しない。

作者が言いたかったことの1つは、このあたりだと思っている。


一面だけ見て人を判断することほど、愚かなことはきっとないのだ。就活中だから本当の自分があぶり出されてしまうのではなく、就活中だから混乱してみんなわけのわからないことをしてしまう。

266ページより


この本は本当にページを捲る手が止まらなくなるくらい先が気になるミステリーである。
それと同時に、日本の就活の醜さと「人が人の一部を見て選び、選ばれなかった人間が落とされる」という
どうにもならないかもしれないが絶対におかしなこの仕組みが 自分の中でどんどん大きな黒い靄になっていく。




美しい言葉煌びやかに描かれた過去の経験が並ぶエントリーシートと、たった数十分の面接で、私のことが人事なんかに分かってたまるか!
今後就活をしていると、そういうことを感じる人はたくさんいるだろう。
私もそういうことを何度も感じていた。

褒められたのに、落とされた。笑顔で終わったのに、落とされた。一緒に働きたいと言われたのに、落とされた。
自分は落ちたのに、友達のAは受かった。あんなやつでも受かった会社に、私は落とされた。

やるせない気持ちと怒りと悲しみと不安と悩みと…..自分の嫌な感情と向き合うことになるだろう。

初めて会った人に自分のことを評価されて、不合格を突きつけられて、納得がいかないだろう。


現状の就活のシステムの中で、これをどうにかする方法は1つしかないと思っている。綺麗事を除けば、1つしかないと思って私は就活をしてきた。


この1つは、「自分も企業を『選ぶ』立場にあるんだ」ということだ。
就活生も企業を選べる。選考辞退ができる。企業に抱いたよくない印象を、SNSで書くことができる。後輩にこの企業は辞めた方が良い、とアドバイスできる。

自分にとって本当に「良い」企業を選ぶ権利が、全就活生にあるはずである。

悪い部分もオープンにしてくれる会社?若手からベテランまで社員の声がオープンの会社?いろんな社員に会わせてくれる会社?落とした理由を教えてくれる会社?自ら弱みを自己開示してくれる面接官?福利厚生をきっちり隠すことなく説明してくれる人事?

なんでも良い。あなたにも企業を選ぶ権利が、ここにあるはずである。


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