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神様なんていない:ミスiDとのお別れ

神様なんていない

そう思うことが強さだと知ったのは、神様が必要になってからだった。

社会人になってから、ピンキリに、様々な神様を信仰する人を見てきた。

例えば、怪しげな商法にスカウトされてしまったらしく、SNSでキラキラした毎日と共に自らもスカウトする側になった人。
自分の中にあるマイノリティな個性を社会に理解させることそのものが目的になっている人。
有名なインフルエンサーにお金をかけ、自分自身に肩書きをつけて何かになろうとする人。

たぶん、学生時代も何かを神様にしている人は周りにいたのだろうけど、ぼんやりとした性格なので気づかなかった。

気づいたのは、私自身が神様を求めるようになったことと、周りも同様に求める人が増えたからだ。

私達は、神様無く生きられるほど、強くない。

日々繰り返される単調な生活の中で、
掃除をしたりゴミを出したり学校や仕事に行ったり、
その生活の中に楽しみや工夫したが故のやりがいを見つけるのは、意識しないと、いやしていても難しい。

普段の生活と全く別の場所に生きる目的を見つけて、これさえすれば、この人さえ目指せば、認められれば、
そう目指して生きる生活は楽しいだろう。

考えや人を神格化する。それってとても充実した生き方だ。

でも、わたしは何かを神格化したくない。

何かや誰かを神様にしたくないと思ってる。

理由は2つあって、

ひとつは

私自身が消えてしまう気がするから。

例に挙げた
”自分の中にあるマイノリティな個性を社会に理解させることそのものが目的になっている人。”
は、その活動自体は素晴らしいと思っているけれど、それによって、それ以外の個性はどこに行ってしまったんだろう、とわたしは思ってた。
そのマイノリティの個性以外にも、あなたには個性があって、そこから得られる幸せもあるんじゃないかな、と。
なんというか、その人は自分自身が幸せになることより、マイノリティな個性を世に理解させることを優先させていて、理解させなければ自分は幸せになれないようだった。
勿論、理解されないと社会的な制度等で幸せになれない点は沢山あるんだと思う。
でも、わたしはその人の勤勉なところとか、多趣味なところとか、そういう個性も沢山知っていて、それは誰でも褒めてくれるし認めてくれる点なのに、その人自身の目には映っていないのが悲しかった。

有名なインフルエンサーにお金をかけていた子は、その有名人の活動がSNSで騒がれる事件があった後フォローを外していて、自身のプロフィールの肩書きも消していた。

わたしはそれを見て、あんなに信仰していたのに、と少し寂しいような気持ち半分、
やっぱり神様などいないのだ、と半分安心した。

何かの思想に影響されるのは良いことだけれど、それによって自分の生き方の路線変更をし続けるのって、あまり健康的じゃないな、と思う。


もう一つ、誰かを神様にしたくない理由は、

その神様から遠のくし、傷つけてしまうかもしれないから。

これはわたしの経験と反省も込みで。
(最初の例とは少しズレてしまうかもしれないけど、大切なものやひとを神様にしたい時)

社会人になってから、先輩や上司はプチ神様だった。
なんでも知ってるし、できるし、私が自分で行うより100倍良い。
速いし周りの満足度も高いし、私なんかがするよりも断然いい。

そう思って、まず先輩の言うことを聞いたし、質問したし、そこにわたしの思考や意志はあまり無かった。

でも、しばらくしてから、
「自力でできることを増やして」
と言われることが増えた。

そこで初めて、
先輩や上司はわたしが質問して自身もわからないことは調べてくれていたし、
どんなにわたしより早く終わる仕事でもやっぱりやりたくないことに変わりはない。
考え無しに人に期待して頼るのは、すごく失礼だ。

そんな当然のことに気づいた。

そしてもう一つ、神様みたいに思えば思うほど、自分はそんな神様にはなれない、と心の中で思っていることにも気づいた。


わたしは今ミスiDの選考中で、ミスiD自体や、ミスiDで知った人を神様みたいに尊敬している点がある。

でもそれは同時に、
「ここでさえ認められれば」
と視野を狭めたり、
「あなたなのにそんな発言をしないでほしい」
とわたしが思う”その人像”を押し付けてしまう危険があることを、いつも覚えていたい。

そして、そんな憧れのミスiDという場や、尊敬するミスiDで知った方を、現実の地続きに存在するものとしていつも意識していたい。

社会の中にミスiDという場があること、尊敬するあの人も人間で、日々生活しているということ、
そしてわたしはそれらと対等に付き合う人間に必ずなるんだ、と心の底で思ってる。


ミスiDとのお別れ

来週にはミスiDのセミファイナリストが発表される。

残りたい。
考えるほどドキドキする。

”書類通過”というひとつの証だけでこれだけ頑張れた。心の中が鎮まり、本質的にはただわたしと向き合うことが重要なのだと考えられるようになった。そうなることで、わたしが他者に、どう良く影響することができるのか、本当の意味で考えられるようになった。

もっと先に行くことで、わたしはどう変われるだろう、誰とどんな言葉を交わすことができるだろう。

この先へ行きたいと、本当に思っている。

それと同時に、ミスiDとのお別れの瞬間も考えている。
もし、セミファイナリストになって、ファイナリストになって、賞を貰えても、
わたしを信じるのはわたし自身で、
必ず今年のミスiD2021とさよならする時がやってくる。

書類通過すれば自信が持てるだろう、と思っていたわたしが、実際通過したら「まだこの段階じゃ、ほんものじゃない」
なんて思ってしまっていた。

どこまでいっても結局自分を信じたくなければ信じられないし、信じようとすればいつでも信じられる。

いつまで経ってもわたしが神様になれる保証は無いし、なる必要もない。

ミスiDとお別れする時、
「わたしはもうミスiDが無くてもわたしを信じ続けられる。」
「信じて、成果がでるかわからない努力を淡々と生活の中で続ける。」

その覚悟が無いといけない。

わたしは神様をつくらない。
神様なんていない。

あるのは現実の社会、生身の人間、わたしだけ。
わたしはわたしのことを信じていたい。
生身のわたしが、生身のわたしを信じていたい。

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みつ季。ミスiD2021SF。来年はファイナリスト!🎈とろのろポンコツ会社員4年目🐣。よく上司をけげんな顔にします。スキ(❤︎)は本当の❤︎です