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歯のトラブル、顎のトラブルはあなどるなかれ。

一般の歯科医はふつうは命に係わるほどの症状や症例には遭遇しない。わたしも前回の話の他には過去に2例だけ。

一人は、30代くらい男性で、右下の奥歯の歯茎が腫れて痛い、ということで来院。口腔内の衛生状態悪し。治療途中で中断した歯が数本あった。そのうちの一本の歯の根が化膿している典型的な症状だったため、歯の根の治療をした。
しかし、抗菌薬も飲んでもらいながら3回くらい根の治療を行っても腫れがまったくひかず、むしろ腫れている部位が右下から顎の下あたりに少し広がり、発熱もあったため、これはまずいと思ってすぐに口腔外科に送った。
口腔外科でも最初は少し強めの抗菌薬を与えてみたようだが、奏功せず。
結局骨隨炎になり、最近が血中にはいりこんで全身に回る菌血症までいって、生死にかかわり入院となったようだ。口腔外科でもそうなったのだから、わたしがだらだらと根の治療を続けていたら危うかった。
抗菌薬に対する感受性がかなり悪かったのか、何か基礎疾患があったのか、抵抗力が極端に落ちていたのか、何か理由があったのかも。

もう一人は、ずっと診ていた年配の女性の患者さんで、上顎は総入れ歯だった。ある日、受付に急患でこられて、急に口が開かなくなった、と。たしかにほぼ開かない様子だった。しかし熱もない、ということ。とにかく口が開かなければ治療のしようもないし、食事もままならない。症状が出るのがあまりに急だったから、やはり口腔外科に送った。
わたしは顎関節関連、と思っていたのだが、後日また来院され、「破傷風だったそうです。原因は不明ですが、口腔外科ご紹介してもらってよかった。命拾いしました。」と言われた。
ああ。大学で「牙間緊急(がかんきんきゅう)」というヘンテコな名前のものを習ったなあ、と思い出した。破傷風の初期症状で、咀嚼筋(噛むための筋肉)にこわばりが出るため口が開かなくなる、というものである。しかし、破傷風の患者さんに遭遇することも、非常にまれだから、ほんとに珍しい経験をした、と言えると思う。たいていの歯医者はこの症状にぶちあたったことがないんじゃないかな?ネットで調べると、年間約100人日本では発症するらしい。致死率も20%くらいで怖い病気だ。
この患者さんも、「顎関節かもしれませんね。様子見ましょう。」なんてのんきな対応をしていたら命にかかわっていたかもしれない。怖いことだ。

歯科治療中に、患者さんの容態急変、ということはあるかもしれないが、ふつうは生死にかかわる症例にあたることはあまりない。
長いこと(30年以上)歯医者をしていながらも、わたしの記憶にあるのはこうした数人だけだ。

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