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『あなたに会いに』 (米津玄師『パプリカ』より)

友達から素敵な絵をもらって、嬉しい。


『あなたに会いに』


 お盆休み、曲がりくねった道の先に、今年も帰ってきた。足が遠のいていた実家にも、子供が生まれてからはまめに帰るようになった。
 両親は帰るたび、目を細めて孫の来訪を喜ぶ。いつの間にか、その顔は立派なおじいちゃん、おばあちゃんの顔になっていて、それを見るにつけ、自分もきちんと母親の顔になっているのだろうかとぼんやり思う。
「はなちゃんも、ゆうくんもずいぶん大きくなって」
 目尻がきゅっと下がる父は、毎年同じことを言う。どんどん手に負えなくなっていくわ、と心の中でつぶやいて、ほら挨拶して、と二人の背中を軽く叩く。
 挨拶もそこそこに駆け出していく子供達の行く先は、昔私も遊んだ裏の雑木林だ。都会の公園のような凝った遊具は何もないけれど、子供たちは一度出かけると、日が暮れるぎりぎり、私が呼びにいくまで帰ってこない。
 そしてここに帰ってくるのには、他の理由もある。ほんの少し胸がギュッとする感覚にも、もう慣れたものだ。
 久しぶりの実家だから、できるだけのことをしてあげようと思って、何かと雑用を引き受ける。玄関の土間には、水の張ったバケツいっぱいに花が入れられている。都会のスーパーのこじんまり形の揃った花束を見慣れた目には、すこし野性味に過ぎるようにも見える。
 近所の盆踊りの回覧を見つける。今年もいつも通り。子供たちはすこぶる楽しみにしていて、まだ昼間のうちから、夜店や屋台で何を買おうか相談する。
「今年は花火もあがるらしいわよ」
 と、もうすっかりおばあちゃんの顔をした母が言う。なんでも、街の何周年だかの記念らしい。もうはるか昔からずっとこのままでいるような街なのに、そんな記念の年があったなんて初めて知った。多分ほんのささやかなものなのだろうが、子供たちに伝えると、手放しではしゃぎ出した。空を埋め尽くすくらいの、無数の花火が打ち上がるかのような口ぶりで、興奮して走り回る。
 あんまり期待しすぎないでね、という悪い予感は、なぜかいつも当たる。
 盆踊りの日、おばあちゃんにせっかく綺麗に着せつけてもらった浴衣もあっという間にはだけさせて、はなもゆうも走り回っていた。とにかく子供というのは、走らなければ前に進めないと思っているものなのかもしれない。本当に小さな、食べ物の屋台がいくつかに、金魚すくいとくじ引きの夜店が一つずつあるくらいのお祭りだけれど、二人の目にはきっと何倍にも大きく輝いて見えるのだろう。やぐらを中心に踊る人々とその影。盆踊りでお面をかぶるのは、生者の中に死者が紛れて踊ってもいいように、ということらしいが、確かにこの暑さと湿っぽさは相まって色々な境界を滲ませるように思える。私もあの中で踊っていたら、あの人にまた会うことができるかしらと、提灯の明かりの具合か、妙にセンチメンタルになっていると、頬に水滴を感じた。
 まさかと思って見上げると、ポタポタという音とともに雨が降ってきた。いつの間にか雨雲が覆っている。どうせにわか雨だとタカを括りつつ、慌てて木陰に逃げ込む。子供たちも私の方にかけてきて、3人で肩を寄せた。
「今日は花火、あがるかな」
 しばらくすると心配そうに、ゆうが呟く。思ったよりも雨足が強くなっていく。でも、むげにするのも可哀想に思って、雨か汗かで額にへばりつく前髪を掻き上げてあげながら、どうだろうね、とだけ答えた。はなも心配そうに私の腕をぎゅっと握る。
 花火への期待と未練で胸をかき回している二人の頭を気まぐれに撫でながら、しばらくそのままでいた。
 そろそろ諦めて帰ろうか、と言い出しかけたとき、後ろから呼ばれて振り向く。
 家にいた母が、突然降り出した雨と一向に帰ってこない私たちを心配して、傘を持って迎えにきてくれた。
「残念だけど、花火は中止になったみたいね」と教えてくれる。
 聞くなりゆうが大げさに声を上げて、そんなの嫌だと駄々を捏ね始める。仕方ないでしょうとたしなめると、どこまで本気かわからない泣き声を上げた挙句、本当にすすり泣きを始めたので、仕方なく抱き上げてなだめる。母がはなの手を引いてくれた。左肩に傘を、右肩にゆうの頭を乗せて歩く。一応諦めはついてきたのか、すすり泣きはしても暴れなかった。もうずいぶん重たくなって、こうやって抱きあげられるのもあとすこしかなと思う。はなの手を引く母の背中を眺めながら、そういえば、ゆうがまだ赤ちゃんで、はなもまだいまのゆうよりも小さかったとき、同じようにこの道を歩いたことを思い出した。
 私がはなの手を引いて、後ろにはゆうを抱くあの人がいた。はなに合わせたゆっくりした歩調で、二人で他愛ない話や、これからの話を当たり前のようにしながら笑った。あのとき、あの人にはこんなふうに見えていたのかなと思いながら、今にもあの人のふざけて歌う声が聞こえる気がして微笑んだ。まるであの人の影が私たちに重なっているような気がした。
 突然ゆうが、あっと声を上げる。どうしたの、と聞くと、お星さま、と返ってきた。
 いつの間にか雨が上がっていて、綺麗な星空が広がっていた。田舎の星空は、本当に降るようだ。
「パパがいる」
 ゆうが指差すので、見ると北極星が光っていた。いつか、パパはどこなの、とぐずるゆうに教えた星だった。どんなに変化する星空の中でも、いつも同じ場所で瞬いてくれる星。そうだね、と私も笑みを深くする。きっと見ているよね、ちゃんと見守っていてね、と祈る。
 その時、パーンと軽快に音がした。
「あ、花火」
 とゆうが声を弾ませる。偶然見ていた空の方向に、一発きりの花火が咲く。花火が消えると、その後ろからまた北極星が瞬く。
 明日はお墓参りね、と母が呟く。そして、お父さんに会いに行こうね、とはなに言う。
 はなはその時なにを思ったのか、ぴょんぴょん飛び跳ねながら、
「パパに会いにいく人!」
 と人差し指を立てた。それはまるで踊るようで、今年も夏だな、と思った。

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