【 ピットブル 火炎放射器 LSD 】

クリフの相棒犬ブランディは
「ピットブル」である。

まずこの作品のレビューを書くための冒頭文は絶対にこれだ!と、沸沸とこみ上げる笑いを堪えながらスクリーンに熱中していると、後ろから、その後ろからも笑いを堪えられずにクスっと息が漏れる音が聞こえる。
実際に観た人には、これが何を意味するか
わかるだろう。

茶番狂言に見えて、茶番ではないタランティーノ作品は、劇中何度も予想しては裏切られ、の繰り返しだ。しかも私たちは60年代に世界を震わせたシャロン・テート事件を知っている。だから最後まで気が抜けない。

シャロンが登場するたびに、どことなくソワソワ感が隠しきれなくなるのだ。

御決まりの登場人物たちがなんとも人間の滑稽さを際立たせているのは、デビッド・リンチの描写を彷彿とさせるが、それとは違うのは、滑稽な人物像が極力現実味を帯びているところにあると思う。

たとえばヒステリー女。
知的なヒステリー、ただ捲したてるだけのヒステリー、完全にイッてしまっているヒステリーだ、充分ありえる。顔に口紅を塗りたくり、真顔でヒステリックを起こしているわけでもなく、どんな時代にもどこにでもいるヒステリー女なのだ。

時代背景が60年代のため、
キーワードが、ヒッピー、LSD、酒、タバコ

当時のヒッピーのカウンターカルチャーが色濃く描かれる中、シャロン・テート事件(自らを悪魔と名乗るカルトグループが起こしたテート惨殺事件)に、落ち目の俳優、リックとそのスタントマン、リックが華々しく登場しているわけだが作品のクレジット通り、ラスト13分に思いもよらない展開がやってくるのだ。

ベトナム戦争真っ只中の60年代にムーブメントを起こすヒッピーの描かれ方のリアリズム、西陽の美しい街道、次々に灯るショーハウス、バーのカジュアルなネオン、完全再現されたハリウッドの街並み、音楽、いつどんな場面でも車は暴走志向、くわえタバコにポイ捨て、痰吐き。

LSDというと、ベトナム戦争時、兵力増強のために、アメリカ兵士にLSDを投与したという説があり国防総省は否定している。そのLSDによる後遺症に苦しむ帰還兵を描いた「ジェイコブスラダー」は非常に暗く救いよう作品で、彼の救いは死後初めて訪れたという展開に当時高校生だっだ私はしばらく苦しんだ。

一方この作品ではヒッピーがLSDをハイになるためだけのツールとして日常的に使い、それは単なる気分転換、そしてさらには共通意識の象徴であり、使うことで共同体としての絆を強くするという錯覚に陥っていたのだろう。平和を強く願う連帯意識の中に、ドラッグ、酒、フリーセックスとヒッピーカルチャーは自由に映るが、若さゆえの曖昧な正義感と怖いもの知らずの意識が身を滅ぼすことになるのだ。

作品によって全く捉え方が変わる人畜害の描写も興味深い。

タランティーノ映画の中でのもうひとつの楽しみが、そのセリフだ。

映画のナチスを彷彿させるシーンで火炎放射器をブッ放す際に放たれるセリフが、
「ザワークラフトを注文したやつは誰だ!」
スティーヴ・マックイーンの隣にいる女性が夫、元彼を取り巻くシャロンの様子を見ての一言が、「確実にわかるのはシャロンの男の趣味ね、低身長、才能豊か、12歳のような男」随所に散りばめられる人間の面白さ、もう笑いを堪えるのに必死だ。

デビュー作「レザボアドッグス」は冒頭数分に渡り馬鹿馬鹿しいダイアログが展開され、その後も飛び交う滑稽な言葉が印象的だか、登場人物の個性とハードボイルドのせいでそれがスタイリッシュに写るのがタランティーノ特有の演出なのだと思う。

脚本を手がけた「トゥルーロマンス」の、
オープニングのセリフもお気に入りだ。
that's the way goes. but don't forget
it goes the other way,too.that's the way romance,too.but everyone knew what the other way,too.
「人生なんてそんなもの、大概がうまくいかない。でも、時には例外もある。ロマンスもそう。でも時には上手くいくことも。」

単純な言葉や馬鹿げている言葉、滑稽な言葉がスタイリッシュでクールに写る映画ほど味があり面白いものはない。

ここでもう一度確認するが、
クリフの愛犬は「ピットブル」だ。
「ピットブル」は闘犬であり特殊なしつけが必要で、国によっては飼育が禁止されている。

この作品で、好きなセリフがある。
それは二ヶ所で登場する。

リック 「good friend」
クリフ 「I try」

それだけのセリフだが、とても心に響く。
なぜクリフが「I try」と言うのか、観ている最中にわかってくる。

クリフは泥酔しラリっていても、ペパロニチーズを自炊し、ピットブル特有の食の太さに合わせた豪快な餌を放り、雇われスタントマンとして細々とリックの身の回りの世話をしている。ところどころに見せるクリフのチャーミングな肉体美もこの映画の見せ所なのかもしれない。優しく紳士的、気が短いのか長いのからわからないところや、少しばかり猟奇的なところ、リックを心から好きなところ、いろんなギャップで魅せている。

一方はマルガリータを自作し、でかいジューサーで完全にイッた目をして飲みながら、優雅に自宅プールで実はまじめにセリフの練習。セリフを間違えば狂ったようにトレーラーの中で自らを罵り叱咤し奮い立たせたり、横柄に装っても、役者としてのプライドと執念がものすごいリックは、涙もろく、弱さを見せることも厭わない。

人生も半ばに差し掛かり、どうにかせねばとあせる一方、全くどうでもいい、どうにでもなれとやさぐれている中年男性が、機転を利かせ馬鹿馬鹿しい行動で乗り切ってしまうさまは見ていて爽快感半端ない。

全てがstone cold crazy。
そして、ブランディは「ピットブル」。

#ワンスアポンアタイムインハリウッド
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#映画レビュー

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