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小説に向かなそうなタイトルで小説を書いてみよう

こんばんは。じつは今日、ふと思い立って、夕方にツイッターで以下のような募集をしたのでした。

急募】即興企画で「小説に向かなそうなタイトル」を募集します。採用タイトルは1つ。#小説に向かなそうなタイトル、で呟いてください。採用ツイートのみRTします。夜の九時くらいまでで締め切り、そこから決めて12時までにnoteにアップします。

本当は2,3件集まればいいかなと思っていたのだけれど、思いのほかたくさんみんなが応募してくれたので、なんだかたいへんなことになりましたw

いただいた言葉はそれぞれどれも面白く、なるほど、たしかに小説に向かなそう、というものばかりでした。が、そこは言った以上、ひとつを選ばなければなりません。というわけで、自分なりの選考基準で、応募タイトルを分類してみました。
大別して
【①単純にいいタイトルなのでは】【②抽象的ゆえにわりと小説向き】【③具体的でテーマや舞台が限定しやすい】【④バカミスのタイトル向き】【⑤小説自体へのアンチテーゼ的なメッセージが明確な小説向き】【⑥投げやり感がやりづらいタイトル】【⑦え……何なのそれ。わかりません】【⑧その一言から展開してくので案外タイトル向き?】
の8つに分類してみました。早速みてみましょう。
【①単純にいいタイトルなのでは】
「小説になれなかった紙とインク」
「干物のなかの干物」

これは「どんなんやねん」と非常に興味がわくので単純にいいタイトルであり、今回の基準には外れると考えました。

【②抽象的ゆえにわりと小説向き】
「証明」
「浅い話」

これも小説に向いているので外しました。

【③具体的でテーマや舞台が限定しやすい】
「ラジオ体操第二」
「鼻毛カッター」
「バナナの皮で滑った話」
「句読点」
「湿った靴下」
「簡単、おつまみ」
「お茶漬けアレンジレシピ」
「炊いた肉」
「森昌摩」

どれも独特なんですが、では書きにくかったり、小説に不向きか、というと案外小説というのは懐が広いんだよなあ、なんてことを思いました。なので「あ、なんか面白くなりそう」と思った時点でこれらもタイトルの資格あり、かなと。

【④バカミスのタイトル向き】
「登場人物全員マスク殺人事件ーーリモート面接で起きた一人暮らし就活生達の見分け方とは?」
「そして誰もいなくなった」←これはクリスティー先行題ゆえ同題でやるならパロディ。もしくは「そして誰もい(胃)なくなった」のようなオチか。
「おい、このティッシュペーパー食ったの誰だ。」
「この小説の総文字数は○○字です。使われた文字のそれぞれの出現回数は以外の通りです。あ:○回...」
「残念ながら、君は既に騙されている」
「犯人は2番目に発言した男」
「これは解決しない」
「真相は第8章11行目」

これらはある種、このタイトルに対して「なるほど、だからこの題ね」といえる展開にすればいい、と考えればきわめてバカミス的で、「あり」な路線だな、と考えました。

【⑤小説自体へのアンチテーゼ的なメッセージが明確な小説向き】
「※これは小説ではありません」
「小説概論」
「じわじわ来る雑学の話」
「要するに人が死ぬ話」
『      』
「この話オチないです」
「1文字で表現」
「小説ではない」

先日、竹本健治先生が『これはミステリではない』を発表されましたが、ある意味でこうした「小説のための小説」的タイトルというのは、僕の好物でもあり、好物である以上は外さないわけにはいかない、と涙をのみました。

ここまで選んでみて思うんですが、選ばれなかったほうが褒められてる感のある不思議な選考ですね、これは。

【⑥投げやり感がやりづらいタイトル】
「自分で書いてください」
「あ〜、あれあれ、そうそう、それだよ。違うか。」
「パペピプペロペロ」
「イェーイ!フッフー」

これはまたとくにひどいタイトルたちでした(誉め言葉)
もうね、頭を抱えましたよ。ただ一方で、こうも思いました。なるほど、これらはたしかに「小説に向かない」。けれども、この「向かない」に進めば、もはや選考基準自体が消滅してしまうなあ、と。
ようするに、何でもありになっていくんですね。
「おっぽろぴー」でも「あっちょんぶりけ」でもよくなる。
なので、惜しい、と思いつつ、保留に。

【⑦え……何なのそれ。わかりません】
「三段腹と段々畑」
「可愛いパンダ大集合」
「朝昼夕3回 食後2錠5日分」
「猫のひげコレクションプチブーム」
「ガルバンゾのフムス」
「国語便覧」
「第五式感情抑制媒体試作品」

しょうじきこのグループがいちばん悩みました。
何なの、これどうしたらいいのよ、という。
でも、かといって単なる「何でもあり」かというとそうでもなく
何らかの「小説的なロジック」を見出せなくはないのでは、とも。
少なくとも、「小説的なロジックを見出したくなる」という衝動はどこかにある。
こうしてみると、「小説には向かない」とは言いつつも、「向かない、向かないんだけれど……向かせたい」というぎりぎりの言葉を自分は欲していたのかもしれないな、とぼんやり思った次第。

【⑧その一言から展開してくので案外タイトル向き?】
「イカの足は8本」
「何て言ったらいいか分からない」
「ミルクがゆ作ったのですが、いちごジャムはご利用ですか?」
「深夜にこそカップラーメンが食べたい」
「扇風機の前でアー」
「読みたいよね?」

これらはじつは非常に魅力的ですぐにでも書きたくなったんですよ。書きたくなった以上、一見すると小説のタイトルっぽくないんだけど、案外タイトル向きなんじゃないの? と思ったのでした。
というわけで、今回は【⑦え……何なのそれ。わかりません】の中から選ぶことに。なかでも「わかりません。でも、わかりたい」と思わせるものはどれか……と考えた結果、「三段腹と段々畑」に決定しました。

今回の企画で、あらためて小説というもののもつ包容力というものに思いを馳せました。小説はどこまでも貪欲に可能性を取り込んでいきます。今夜はついに「三段腹と段々畑」というタイトルの作品が生まれました。

それではさっそく、できたてほやほやショートショート「三段腹と段々畑」をどうぞ。

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三段腹と段々畑

 もうミチのことは忘れることにした。今年は受験学年だし、親に漫画も取り上げられてゲームアプリだって削除されてしまったのだ。漫画もゲームアプリも許されてないのに、ミチのことを考え続けていたら、まるで漫画とゲームアプリが消去されて、ミチのための余白が増えたみたいじゃないか。それはさすがに受験生には許されないと思う。だからミチを忘れるのだ。

 ミチにもそのことは伝えた。ただ、「忘れることにした」とは言わなかった。それはさすがに可哀想だから、もう会えない、くらいの言い方にしておいた。

 学校帰りだった。僕らは傾斜のある畑の、薄緑と深緑を繰り返す景色の中にいた。その連続線のなかで、僕とミチの黒い2点だけが動いていた。風はまったく吹いておらず、めずらしいことにド田舎なのにカラスの鳴き声さえ聞こえなかった。ただ、時折地震なのかもっと小さな地殻変動なのか、大地がわずかに隆起したりした。

 それから不意にどこからともなくごおおおおおっとすごい音がした。

「わかってくれる?」と尋ねると、ミチは今にも泣き出しそうな顔をしながらも、最終的には「わかった」と言ってくれた。
「高校受験に受かったら、また会えるよね」というので、そうだね、たぶん会えるよ、と答えた。本当にまた会えるかどうかなんてしょうじきわからなかったけど。

 何しろ、僕はすっかりミチのことを忘れてしまうつもりなんだから。少しでも覚えていたら、絶対受験に差し支えるもの。それじゃ意味がない。

 そうして、僕らはそれっきりになった。そこからは受験勉強に励みに励んだ。僕はその間勉強以外のことは考えなかった。そのうち、以前誰かと愛し合っていたというぼんやりとした記憶だけが残り、やがてはその「愛し合っていた」という輪郭までもが曖昧になっていった。

 真夜中に、何度か電話が鳴っては切れた。そのたびに何かが頭の中でバチンと音を立てはするけれど、もうそれが誰が何のために鳴らしているのかまでは考えないようになった。

 数年後に、戦争が始まった。

 戦争は空間と時間とをめちゃくちゃにした。僕は大学へ行く前に老年を経験し、それから幼児に戻ってようやく成人式を迎えなければならなかった。
 
 成人式は僕の園服のポケットの中で行なわれたし、孫の結婚式は大学ノートの線の上だった。いつでも最新の時空は、それ以前の時空の《舞台》となって大風呂敷を広げるのだった。その混沌にはじめは頭が追いつかなかったけれど、何度となく繰り返すうちに、だんだんに慣れていった。

 もはや誰と同級なのか、みんなわからない。みんなそれぞれの時空概念の中に生きていて、時おり誰かと誰かが顔を鉢合わせるけれど、かつての同期がまったく違った年齢として出会うのはけっこう気まずいものだった。

 しかしこのような混沌にあって、はっきりしていることがあった。それは忘却だ。忘却したものは、混沌からも完全にはじき出されている。すなわち、受験勉強の際に僕が忘れた何かは、その後の混沌の中で急浮上してくるようなことはないのだった。これは忘却にだけ許された特権かもしれない。

 ある時、僕は五十手前のオッサンになっていた。急にオッサンになるものだから身体が重たくて動きづらくて、体力を消耗させないためにうつらうつらと昼寝をして過ごした。キッチンでトントンと大根を切る音がする。どうやら妻がいるらしい。

 僕はまどろみながら自分の恰好を薄目でたしかめた。どうも薄緑と深緑のストライプのポロシャツを着ているみたいだ。そのポロシャツの下にはでっぷりとした三段腹が隠されていた。

 ああかっこわるい、早くべつの時代がやってこないかな、と思う反面、こんなにでっぷり腹を突き出して許されるなら、なかなかいい御身分じゃないか、とも思った。今は今を楽しもう。ビールも飲めるし、賭け事だってやれる。女遊びに現を抜かすだけの金もある。

 そうだよな、だってこの腹だもの。それくらいの自堕落な暮らしをやってこそだよ。僕は夢と現実を彷徨いながらそんなことを考える。僕が息を吸い込むたびに、三段腹が膨らんで、ストライプの線がうごめく。

 その時、僕はポロシャツのストライプ柄の二色の隙間を、二つの黒点が移動していることに気づく。最初はアリのように見えたそいつらは、あの日の僕とあの、ええと、ほら、あの子だった。

 彼女がなぜ俯き加減で、涙を浮かべながら僕のあとをついてくるのか僕にはわからない。けれどそれは紛れもなく、あの日の僕らだった。

 二人は段々畑を歩きながら、もう受験だから会えないとかそんなことを話し合っているのだ。風ひとつなく、めずらしく鴉の一羽もいやしない。ただし、大地が時折隆起する。僕が息を吸い込むときに、三段腹が突き出るからだ。そして時折、ごぉおおっと鳴る。これは、もちろん五十手前の僕のいびき。

 あの日の二人は、五十手前の僕の三段腹のうえで、永遠の忘却を刻んでいたのだ。

「ねえそろそろごはんよ」
 僕を揺り起こす声がする。
 その声は、微かにべそをかいている段々畑の少女と似ているようにも聞こえるけど、たぶん気のせいだろう。
 覚醒。
 もうそれはただの薄緑と深緑のストライプのポロシャツに戻った。その上を歩く二つの黒点もない。
 僕は妻に答えて重たい身体をゆっくりと起こした。
「わかったわかった、今行くよ、ミチ」

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