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最期を迎える人に流れる音楽は、人生そのもの

あと少しで2021年のGWは終わる。連休は5日で終わったけれど、日をずらして休みに入った人は、今日までがGWだったのではないだろうか。

そんなことで「GWのおすすめ本 in 2021」も、今日を最終日とすることにした。本当は7冊の本を紹介できればと思っていたのだが、少々、目の調子が悪くPCに向かうことがつらい日があったので、4冊にとどめた。紹介を予定していたものの中には、最新の海外の翻訳作品などもあったので、また別の機会で紹介できればと思っている。

Day3 『ギケイキ:千年の流転』(町田康 河出文庫)はこちらから

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Day4 『ラスト・ソング 人生の最期に聴く音楽』 (佐藤由美子 ポプラ社)


『ラスト・ソング 人生の最期に聴く音楽』はずっと読みたい本のリストのトップにあったのだけれど、どうしても仕事やほかの企画で読まなければならない本を優先してしまい、読む機会を失っていた。

今回の企画を思いついたとき、初日には『海をあげる』(上間陽子 筑摩書房)を、最後の日には『ラスト・ソング 人生の最期に聴く音楽』(佐藤由美子 ポプラ社)をと、決めていた。

そのときはまだ読んだことはなかったのだけれど、きっと最後の紹介がふさわしいと直観した。その直観が何を意味していたのかは、本書の最後の最後を読んで知ることになる。


本書は、音楽療法士の佐藤由美子さんが、アメリカのホスピスでその活動を通して体験した、最期を迎える人と家族の奇跡の物語。

人の聴覚は息をひきとるその瞬間まで残っているという。だからきちんとお別れを言葉に口に出して伝えれば、逝こうとしている人はそれを聴くことができるという。

佐藤さんによれば、ホスピスとは、死期の近い患者さんや家族が残された時間を有意義に過ごすためのケアをすること。佐藤さんはその一環で音楽療法士として、音楽を通じて患者さんや家族の心身の健康の回復や向上をはかる役割を担っている。

音楽をなかだちとすることで、患者さんが自分の人生を振り返り、意味のあるものと受け入れたり、自分の気持ちを整理したりすることができるという。また家族も音楽を共有することで、患者さんとの間に多くの愛と思い出があったことに思い至り、患者さんを送り出す心の準備ができるという。ときには、死を受け止めきれず苦しんでいる家族に対して、音楽を通じたケアにもあたる。

佐藤さんが「Introduction」で、「人にはそれぞれの人生があります。それと同じで、人の死もさまざまです」と語っているように、本書で語られる患者さんと家族の物語は、どれ一つとして同じものはない。

認知症で話すことも出来なかった患者さんは、若い頃に親しんだお気に入りのジャズのナンバーを歌って、その2日後に息をひきとった。

余命半年を宣告された母親は、息子の卒業式を見たいとの思いで一年生き延び、いよいよというとき、ホスピスが学校に相談して卒業式を執り行う。母親が一番好きな讃美歌が歌われ、卒業証書を手渡す際には「威風堂々 第一番」が流れる。それを見届けた母親は、その日の夕方、息をひきとった。

特にアメリカという国柄、家族の歴史は移民の歴史そのものでもあり、音楽を通じた思い出話や出自の話は国境や時空を超える。本人の経歴や家族の歴史、出身などに配慮しながら、佐藤さんはさまざまな音楽を提案し、演奏し、ともに歌っていく。

母親の思い出の曲として「サウンドオブミュージック」と「屋根の上のバイオリン弾き」を聴きたがった患者さんがいた。その人はギリシャからのユダヤ系の移民で、第二次世界大戦の折、祖父母をナチスに虐殺された過去があることを知り、佐藤さんはその曲を愛した理由と背景に思い至る。

「サウンドオブミュージック」はご存知のように、トラップ一家がナチスから逃れるミュージカルで、「屋根の上のバイオリン弾き」はユダヤ教徒の生活を描いたミュージカルだからだ。それぞれの患者さん本人と家族に流れる音楽もまた、その来歴を物語るものとして存在していることに、胸をつかれた。

また、佐藤さんが日本人ということで、日本に所縁のある人や日系人のケアを担当することもある。沖縄の出身の高齢の女性が心臓病とうつ病をかかえ、食欲がなく、家族とも口をきかなくなってしまった。日本人なので日本語なら話すかもしれない、日本語の歌を聴きたがるかもしれないということで、佐藤さんに託された。

この女性は、佐藤さんとともに「浜辺のうた」をなかだちとして、太平洋戦争の沖縄戦による筆舌には尽くし難い経験や、家族の喪失、沖縄米軍基地に勤務する男性との結婚と渡米など、苦難に満ちた自らの人生を受け入れていく。佐藤さんは最後に、沖縄の歌手喜納昌吉さんの歌「花 すべての人の心に花を」を贈った。


涙でぼやける文字を一字一字たどりながら、本書の最後に納められている沖縄出身の女性の章を読みはじめて、私はハッとした。奇しくもこの企画は、『海をあげる』の沖縄にはじまり、沖縄出身の女性の話で終わろうとしている。

この偶然が意味するところはいまだつかみかねているのだけれど、この女性にとって沖縄の海は、「浜辺のうた」のように過去を思い出す「よすが」であったことを思うとき、『海をあげる』で著者上間陽子さんから託された現在の沖縄の「海」の姿を、沖縄にもアメリカにも所縁のあるこのような境遇にあった女性たちに、私はあの世でなんと伝えればいいのだろか。

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未曾有の感染症によって、世界中の人々の心身が危機に晒されて続けてきた年月、音楽やアートは不要不急のものとして、私たちの生活から遠ざけられた。音楽会に足を運んだり、大切な人や親しい人たちとともに奏で、歌ったりすることが、これほどまでに貴重でかけがえのないものであったことを痛感した日々も、人生の中でそう多くはないだろう。

もちろん、今はオンラインで奏で合うこともできるし、動画配信もできる。それが現在できることの精一杯ではあるけれども、それでも人の肌のぬくもりを感じながら共振し合えることが、人には必要であり、それが心身の健やかさを保つことにつながるのだと、本書を読んで実感した。

そして感染症で死にゆく人を、家族がそばで見送ることもできない現状を思うとき、せめて思い出の音楽がそれぞれの心の中で響いていることを、祈らずにはいられない。


本書のなかで佐藤さんが患者さん、家族とともに奏でた音楽を集めたCDも出ている。ぜひ本書と読み合わせて聴いていただきたい。



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