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揺り篭

「何階ですか?」
 操作盤の前に立っていた男性が私に向かってそう尋ねる。
「えっと......、ああ、大丈夫です。私も同じ階ですから」
「えっ? そうなんだ......」
 何かおかしなところがあったのだろうか、男性は不審そうに私を一瞥すると、扉の上で忙しなく動いている数字を追っていた。

 私も同じように数字を追う。その数字が二桁に達したところで、体に少し重力がかかった。

 ポーンと音が鳴って扉が開くと、数人の男女が乗り込んできた。皆一様に楽し気な様子で、どこか浮かれている。
「何階ですか?」
 男性は私に聞いたのと同じように尋ねる。彼らのうちの一人が自信ありげに答えた。
「20階でお願いします」
 その声を受けて、男性は言われたとおりのボタンを押す。私を含めて六人を乗せた鉄の塊は、再び上昇し始めた。

 中の人数が増えたり、または反対に減っていくこともあったが、私と操作盤の前にいる男性だけは変わらず乗り続ける。
「君はどこかで降りなくていいのかい?」
 不思議にしていた顔が少しずつ優しい顔へと変化していく、その男性と会ったのは今日が初めてのはずだったのに、どこか懐かしい。

「ええ、降りないです。その資格が私にはないので......」
 どこかで降りてやり直すなんて、自ら命を絶った私には贅沢だ。
「そうですか......、でしたら上に着くまで何か話でもしませんか?」
 この先がどこまであるのかわからない、暇つぶしになると思って彼の提案に乗ることにした。
「いいですね。あなたがどんな人生を送った結果、こうしてここにいるのかは気になります」

 いつの間にかとても高いところまで上がっていた。ガラス張りの壁面からは、634メートルの電波塔を見下ろせる。
 いくつかの後悔と、終わりを迎えたことによる安心感を乗せながら、私たち二人は、果てしなく上昇していくその流れに身を任せた。



 

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