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万引きをする警官。[ショートショート]

1週間ぶりに高架下の古本屋に立ち寄った。交番に勤める俺は、勤務時間が暇なのだ。まことに平和な証なのだが、心が動く瞬間のない毎日に退屈している。

勤務中の暇を有意義に過ごすために読書は最適だ。俺は休暇日にたびたび本屋に足を運び、本を万引きをする。

お金には困っていないが、心が動く万引きという行為をしたいのだ。

店長の老婆は、客に注意を払うことなくレジの近くに椅子に腰掛けて目を閉じている。

全くどうやって生計をたてているのか、この竹内書店は。

大量の本が一冊なくなっていても老婆は気付かない。防犯カメラもない。万引きし放題であるが、顔をさされているので、たまにお金を払って本を買う。そんな生活を、もう1年続けている。

ある日、いつもの調子で本屋にいくと新しいコーナーができていた。珍しいな。こんなこと今まで1度もなかったのに。

コーナーのタイトルは「今、あなたと引き合う本。」であり、老婆の手書きでマジックペンで書かれていた。並べられている本のタイトルに自然と目がいく。

「保険屋の憂鬱と救い」

「不動産業者は知っている。家庭を壊す賃貸物件」

「平和と警官の退屈」

ドキッとした。万引きしている自分と重なったからだ。平和な日常、退屈な警官。俺のことじゃないか。

ものすごく読みたい。

その本をレジに持って行き、お金を払い、老婆にブックカバーをつけてもらった。俺の思い過ごしだろうか。お金を受け取った老婆は俺を見て微かに笑った。

万引きがバレている?いやお会計のときに微笑むのは普通のことか。

その後家に帰り、なんとなく本を開いてみる。たぶん推理小説だと思う。普段は交番にいるときくらいしか本を読まないのに、新コーナーの謳い文句と本のタイトルのせいか、買った本のことが頭から離れないのだ。


舞台はこじんまりした商店街がある町。地域の商売人から愛される警察官が主人公の物語。事件も起こらぬ毎日に退屈し、商店街の人と笑顔で挨拶を交わしながら、いろいろな商品を万引きするのだ。

お酒、雑誌、お菓子など。こっそり毎日手に入れる。手に入れたものを自宅で味わい、翌日また笑顔で地域の方に挨拶をし、背徳感を味わう。

ある日、交番に本屋の店員が訪れ、万引き被害を報告しにくる。被害側の店員が妙にニヤニヤしながら警官に話すことが気味悪く、警官はそれ以降万引きをやめるのだが、、、



寒気がした、あまりにも俺と似ているじゃないか。こんなことってあるのか。

一旦机に置いたその本をさらに読み進めた。最終的に、その警官は交番の2階の控室で首を吊って亡くなるというオチだった。首吊り自殺を装った何者かによる殺人で。

奇妙な本を読んだ次の日、久々に事件が起きた。

離婚弁護士の殺害

夕焼けが差し込む部屋で、男は窓に背を向け、椅子に腰掛け本を読んでいた。窓から入る風が心地よい。

男は推理小説を夢中で読む。小説の世界に引き込まれた彼は静かにページをめくる。

めくり続ける。風の音とページをめくる音がかすかに響く部屋で、小説にのめり込む。よほど、おもしろいのだろう。男は背後から近づく何者かに気づいていない。

次のページをめくったとき、喉からナイフが飛び出した。

男は即死。本の続きに夢中になるあまり、窓から侵入した犯人に気付かず、首を後ろから一刺されたのだ。


俺がこの現場に駆けつけたとき、すでに警部が到着しており、現場検証が行われていた。遺体の男は離婚弁護士だそうだ。離婚弁護士とは、夫婦の離婚問題につけこみ、妻側に入れ知恵をして、夫側から慰謝料をふんだくる職業だ。

市民を取り締まる警官よりも恨まれる仕事だな。

遺体が座っていた椅子には血が飛びつり、一冊の本がそばに置かれていた。当然本にも血が付着している。

鑑識は遺体の近くの開かれた本を見て、読書中に背後から刺されたと推測し、俺は事件の映像を頭の中で浮かべることができた。

警部が本部の方と話しており、犯人は離婚調停中の夫だということが分かった。今晩にでも逮捕できるだろう。

ん?

この本、、、竹内書店の本だ。

血で気づかなかったが、見覚えのあるブックカバーが目に入る。

それにしてもベランダから侵入した犯人に気付かないほど夢中になるなんて、どんな内容なのか気になる。

手袋をつけて本を手にし、一番血が飛び散っているページを見た。見開きいっぱいに血が飛び散っているのを見て、このページを読んでいるときに刺されたことが分かる。

血のせいで、ところどころ読みにくいところがあるが、かすかに読める。


夕焼けが差し込む部屋で、離婚弁護士は窓に背を向け、椅子に腰掛け本を読んでいた。
そこに何者かがベランダから侵入し、離婚弁護士は背後から首の後ろをナイフで刺され、即死した。


実際に起きたことを綴った本ではない。本の内容が今、俺の目の前で起きている。

「なんで、本が先なんだ、」

ということは俺も、、、

老婆の微笑みが頭によぎり、俺はその場から動けなかった。

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