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ゆぴの10分日記

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帰り道の10分間で書く独り言のような日記。よわっちくても生きてるだけでえらいえらい!
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2019年7月の記事一覧

「無理かも」で自分を殺してはいけない

私は声優志望のくせに滑舌があまりよろしくない。 でも、「滑舌があまりよろしくない」と決めつけているのも自分だなぁと思う。もちろん、事実としてもあるけれど、自分自身が「よろしくない」と思えば、それは本当によろしくなくなってしまう。 それほどまでに、「思い込み」の力は自分に強く作用する。 それでいくと、「難しそう」「厳しそう」「無理そう」と、思い込みだけで何かを諦める人は意外と多いような気がした。 たとえば「発音は10歳までしか身につかない」という思い込みで、英語の発音を

ボロクソに救われた

今日はスタジオでボロクソに言われた。 声も出てないし、会話ができていないし、秒数を合わせるのに精一杯でセリフがこぼれている。下手。 端的に言うと、たるんでいた。 声優の勉強に本腰を入れるつもりで会社を辞めて、自分なりに稽古時間を増やしたつもりが全然足りていなかった。 いつもは大人数での練習なので「良かったですよ!」の言葉に甘んじて、自分はそこそこできるんだ、なんて安心していたけど一歩外に出てみたら全然だったのだ。 ボロクソに本音を言ってもらえて本当に助かったと思う。

「めんどくさい」を最小限にする

最近、Amazo Fire TV Stickを買った。 本体はとても小さいのだが、テレビに挿すと、Amazon PrimeやNETFLIXをテレビの大画面で楽しむことができる、とても便利なアイテムだ。 買った理由は、「たまたまプライムセールで安かったから」というだけだが、この手のひらにすっぽり収まる程度の小さな彼がわたしの毎日を変えた。 わたしにはアニメ好きの友人がいるのだが、会うたびに毎回「◯◯を観ていないだなんて人生の半分を損してる」なんて言われて、そのたびに「観

「変わらないもの」はないのかもしれないけど

私の好きな曲のなかに、奥華子さんの「変わらないもの」というものがある。 内容としては、変わらないものを探している…という歌詞が続くのだが、思春期だったわたしはこの歌にものすごく感銘を受けた。 「変わらないもの」ってなんだろう? とものすごく考えたのだ。 当時はブログにかなり力を入れていて、自分の読者になってくれた人のブログは毎日のように巡回していたし、コメントを、付けあったりして楽しんでいた。 でもそんななかでも、ある日突然、ブログ界隈から姿を消す人がいた。 リア

「大丈夫じゃない」と言えない人は掲示板を作ろう

noteを毎日更新していて、思わぬ収穫があった。 それは、noteが「掲示板」になったことだ。 私はピンチになっても「タスケテーーー」と叫べずに自爆することが多いのだが、noteに日記を書いていることで、こちらから伝えなくても 「ふむ、ゆぴちゃんは今こんな感じなんだね」 と受け取ってもらえるようになった。 しかも、直接メッセージを送りつけるわけではないので、こちらとしても発信ハードルが低く、気軽に「タスケテーーー」と叫べる。 毎日書くことで、noteが「掲示板」「

大事なものを増やしたくない

最近、いろいろなことを大事するのが難しくて落ち込んでいる。 日々ぐるぐる余計なことを考えているせいか、せっかくランチやイベントに誘ってもらっても、「ダメだ、今日はなんかうまく笑えない気がする」と断ってしまうことが多い。 マルチタスクができなさすぎてメールとLINEとメッセンジャーとTwitterのDMを全然見れないし返せない。心のなかでそっと返信をして終わることもある。(そして怒られる) 相手が好きな人であればあるほど甘えて時間通りに集合できない。(致命的) 携帯を瞬

悲しいときに泣ける”柔らかさ”を失くさないで

今日は声優レッスンで、これでもか、というくらいに泣いた。 文字にするとチープになってしまうのだが、目を閉じて、隣に大切な人がいると想像し、ふたりで船に乗っていたら気づいたら遭難してしまい、最終的にその人が死んでしまう、というものだった。 先生の声に耳を傾けながら、大好きな親友が隣に座っていて、よく行っていた七里ヶ浜の階段になっているところに腰を下ろしている様子を想像する。 隣にストン、と親友が座って他愛のない話をしはじめたとき、わたしは嬉しくなって思わず笑った。 その

もう私たちは選べるのだから

ほぼ徹夜に近かったこともあり、今日は1日だらりとしていた。 3年前に先輩に勧められても「へぇ」と流していた『キングダム』をやっと10巻まで読んで、面白いけど戦が多すぎてわからんと頭を抱えた。 気になっていた『恋と嘘』は可愛いイラストとは裏腹になかなか考えさせられるものだった。 「恋愛する相手」が遺伝子の掛け合わせによって政府に決められ、16歳の誕生日に通知が来る、というのが基本的な世界設定だ。 その「規定」のなかでもがく主人公を見ながら、ふと気付いたらわたしは「選べる

世界を変えられるのは、自分を満たせる人だけ

著名な人に話を聞くと、自分のことではなく、みんな「世界のこと」を考えている。 お金が有り余る人は、それこそ世界のために募金をするし、寄付をする。 自然がなくなっては生きていけないから、未来の地球のために動く。 そして、わたしがひとりの一般人として思うのは、自分の死んだあとの未来まで考えられるなんて尋常じゃないな、ということ。 もちろん、地球の現状は大体は小学生のころに教わった。 年々地球温暖化が進んでいること、たくさんの動物が絶滅していること、砂漠が広がっていること

みんな勝手に繋がっていけばいい

今日は来月フランスに行ってしまう友だちのお別れ会に参加した。 うっかり早めに着いてしまったわたしは、奥の席でパソコンを叩きながら訪れる人に「おおー!」なんて声をかけていたけど、冷静に、いつのまにか知り合いが増えたなぁ、なんて実感して嬉しくなった。 たぶん、前まではこういったイベントにひとりで参加しながら、「君たちは一体どこで知り合ったんだ?」なんて思っていたと思う。 以前、わたしは「ゆぴの無益セミナー」という講演会をしたことがあるけれど、そこで繋がったという人たちが個別

SNS上だけでもアイドルになればいいのに

SNSの発信は基本的に自由でいいと思う。 何を呟こうが制約はないし、自由だ。世の中に対するポイズンもぶちまけていい。 でも、私はやっぱり「自分はアイドルだ」という思いで発信していきたいと思っている。 どういうことかというと、たとえ「いいね」がひとつも付かなくても、発信はすべて見られていると思うということである。 私は中学生でブログを始めたとき、「いつか声優になったときに、マイナスになるようなことを書かないようにしよう」と決めて書いていた。 当時は顔出しをしている人も

「経験」したような気になってないか?

役者をしている友人に久しぶりに会ってきた。 ずっと演劇をやっていた彼女だが、ここ数年は地方を旅したり、海外に行ったり、演出側にまわったりと、しばらく演技をすることからは離れていたらしい。 そして、大きなブランクを経て、「鈍っているだろうな」と久しぶりにオーディションで演技してみたところ、かつての自分の感覚とはまた違う演技ができたそうだ。 演技はテクニックではあるけど、一方で「経験値」というのも大きく影響してくる。 たとえば、失恋したことがある人と、失恋したことがない人

コンプレックスは晒して強みに変えていけ

誕生日を迎えて17歳になった。 リアルよりも、ツイッターで予想以上にお祝いしてもらえてびっくりした。 そのなかには、会ったことのある人もいるし、会ったことのない人もいる。 なかでもやっぱり嬉しいのが、「記事楽しみです」「note好きです」という言葉で、書くくらいしか能のない私はそれだけで生きてて良かったなぁと思う。 こんなにもコンプレックスの塊なのに。 たとえば、自分が人と絡むのが得意だったら、もっと人の輪に飛び込んでいけるような性格だったのなら、こんなに苦労をした

自分の役割は変わり続ける

演技をするとき、各々に「役」が与えられるのだけど、そのときに大事なのは、「この子はどんな子なのかしら」と思いを巡らせることだけではなく「この子はどんな役割なのかしら」と俯瞰して見ることが大事だと知った。 いろんな登場人物がいるなかで、この子はどんなトリガーを引くんだろう、とか。なんのためにこのキャラクターを劇のなかにいれたんだろうとか。 無駄な登場人物はいない。いるからには、何かしらの意図があるはずなのだ。 たぶん、わたしたちは「ひとり」だったら役割はない。 自分がリ