神の詫び石 ~日常系の異世界は変態メガネを道連れに思えば遠くで草むしり~ 207

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テオ捜索回収編

207 スーパーヤンキー大戦

 男は優しそうに表情をやわらげ、少し振り返るようにして指先で空のほうを指す。その先にあるのはぷかぷか浮かんだ魔獣の体だ。
「あのフェアベルゲンは貴方がたの物だとか。売却先は? 決まってないなら是非うちで」
「あー。俺達、冒険者なんで」
 大森林などの例外はあるが、冒険者は冒険者ギルドを通さず現金で利益を得てはいけない。なぜなら脱税になってしまうから。
 どうやらフェアベルゲンに興味があるらしい男性は、だからすいませんと謝るメガネを意外そうに見る。
「あぁ、この街は初めて? ここでは冒険者も現金取引を許されている。もっとも、独自通貨で街の外には持ち出せないがね」
 それは一体どう言うことなの。
 そこのところ詳しくと、我々が食い付き掛けた瞬間に割って入る声がした。
「ブーゼの! 抜けがけとはイタダケねえなあ? 交渉ゴトはコウセイに、だろ?」
 それはまだ身長も伸び切っていない、子供のように思われた。
 少年の肌は浅黒く、髪はちくちく硬そうにハリネズミのようにはねている。そしてなによりくっきりとした大きな瞳が印象的だ。
 なんとなくだが心の中に、某古代エジプトの少年王の姿が浮かぶ。私はこれからこの少年を見るたびに、うっかりファラオと呼ばないように気を付けなくてはいけないと思う。
 少年を見てると難しい言葉を一生懸命使ってるのかなあとほほ笑ましいような気持ちになるが、それにしても言葉が粗いしやはりいかつい連れがいる。
 彼は襟のないシャツに裾の長いベストを着けて、だぼだぼのズボンの裾は足首までの短いブーツに押し込んでいた。
 あと、なんか背負ってるなと思ったら、ぶ厚く重げな彼の体の半分以上もある盾だ。
 私には解る。あれって、あれでしょ。防御に使うだけじゃなく、鈍器として活躍するんでしょ。あの盾でチンピラをぼこぼこにする少年が、なぜだか明確にイメージできる。
 割って入った少年と、優しげな男性はやんわりとにらみ合っていた。男性のほうが少し笑み、余裕を持って見下ろしているのでどことなくやんわりになっていた。
 しかし、周囲の空気は悪い。
 二人にくっ付いたいかつい連れが、ああん? ああん? と下あごを突き出し互いに威嚇し合っていたし、いつの間にか遠巻きに距離を取った商人や荷物運びの労働者たちは一様に息を詰めて置き物のふりなどをしていた。
 我々もできれば無機物を装い無関係をつらきたいところではあったが、彼らはメガネや私をはさみ込む迷惑な形で対峙する。
 ちなみに素早く体を引いたレイニーと、子供を肩に乗せた金ちゃんはぎりぎりいかつい円陣の外だ。うらやまずるい。
 たもっちゃんなんとかしてよと泣き付いて、さりげなくメガネを盾にしていると「おやおやあ?」と人垣の外から声がした。
「これはこれは、ブーゼ一家のラスさんとシュタルク一家のクレメルさんじゃないですか。お揃いとは珍しい事で。仲間外れはいけません。あたしも混ぜちゃくれませんかねえ?」
 言葉づかいは慇懃だったか、どこかしら煽るような響きがあった。
 やはりいかついチンピラを引き連れ、間に割って入ったおっさんはメタボリックな外見だった。
 ぼよんぼよんと真ん丸い腹と、それに見合った全身のお肉。顔はふくふくしく油ぎって光り、手ぬぐいで絶えず汗を拭いている。
 そこまではただのメタボなおっさんに見えなくもないが、サイズ感が二回りほど大きい。恐らく身長も高いのだろうが、お肉のぶんだけ圧迫感が増していた。あと、多分なにかの獣族なのだがお肉がジャマでよく解らない。
 その巨体のおっさんに目をやって、優男と少年はほとんど同時に舌打ちをした。
「これはどうも」
「ハプズフトのか」
 不機嫌そうな顔をする少年のほうは置いといて、舌打ちしたその口で普通に挨拶する長髪の優男がかえってダメな感じする。
 改めて、私は悟った。
 こいつらすごく仲が悪いと。
 目が合ったと言うだけの理由で、ぼこぼこと殴り合うヤンキーなのに違いない。転校初日にてっぺんを目指すスーパーヤンキー大戦なのだ。おっさんがいるので本職感があるが。
 優男と少年王と謎のビッグサイズメタボのおっさん。そしてそれぞれチンピラふうの、血の気の多そうな仲間たち。
 そんな集団に囲まれて、我々はどうなってしまうのか。
 誰か助けてと思ったが、特に助けは現れそうになかった。

 賭博で成り立つシュピレンの街は、巨大な円形をしているそうだ。
 それを中心から十字に走る大通りで分けて、四つの区画のそれぞれをブーゼ一家、シュタルク一家、ハプズフト一家が取り仕切る。
 これらの一家は予想通りにならず者の集まりで、始まりは何代も前。やんちゃをしすぎて国にいられなくなった親分たちが、子分を連れて砂漠に逃れて街を起こしたものらしい。
 砂漠に逃げるってよっぽどだと思うし、それで街まで作るって生命力が強すぎて引く。
 この、独立したほとんど国のような街を仕切る派閥は昔も今も三つだが、街の区画は四つある。
 では残りの一区画はどうするかと言うと、二年に一度、三つの派閥で勝負を行いその勝者が治めることになっていた。
 これは彼らには重要なことで、勝負は毎回白熱するそうだ。
 なぜならナワバリが倍になるだけでなく、当該区画に含まれるシュピレンで最も大きな闘技場が手に入るからだ。そのために、上がる稼ぎは倍以上に増える。
 私もお金は嫌いではないので、お金ががっぽりとか言われると闘技場の区画が欲しい気持ちもちょっとだけ解る。嘘だ。なんかすごく身につまされる。
 そんな感じでお金が絡んだ事情もあって、街ができてしばらくは組織間の抗争が絶えなかったらしい。
 だが血で血を洗う争いは、全方位に多大な被害を出しすぎる。
 独立都市のシュピレンにおいてはケンカ上等のこれらの組織が街の中枢をになっているにも関わらず、この抗争で下っ端だけにとどまらず幹部の席までがすかすかになった。
 このまま組織が軒並み弱体化すれば、この砂漠に浮かぶ孤島のような街の存続すらもあやうい。
 さすがに街がなくなるのはまずいし、抗争の激化で賭博目的の観光客が減るのもまずい。
 そんな危機感がやっと出て、なんかこれもうやめようぜ。と、割と最近組織間での協定が結ばれたとのことだ。遅くないか。最近て。
「――それで、今では代りに一家が用意した剣奴を闘技場でぶつけ合わせるんだが、まさかね。それが貴方がたの連れだとは」
 縁とは解らないものだねと、表面ばかりは優しげな男が上機嫌にほほ笑む。
 話しているのはブーゼ一家のラスと言う男。
 あなたがたとは私たちのことだ。
 そしてラスの機嫌がよくなったのは、フェアベルゲンを手に入れたからだ。
 この街では冒険者でも直接取り引きしていいと言う言葉を信じ、我々は風船のようにぷかぷか浮かべて持ち込んだ巨大な魔獣を彼のところへ売ることに決めた。
 これには多大な下心と打算、そして人買いの女のそれとないアドバイスがあった。
 彼女はフェアベルゲンの素材をめぐり、優男と少年ファラオとジャンボメタボがヤンキー大戦を巻き起こしそうな空気の中に現れた。
 と言うかあちらもチンピラたちに囲まれて、嫌々引きずられてきたように見えた。
 連れてきたのはラスの配下のチンピラで、アニキ! 見た顔がいたんでとりあえずノリで引っ張ってきた! みたいな感じで飼い主の周りでせわしなくはしゃぐ。さながらフリスビーを取ってきたハイエナだ。
 人買いの二人は騒動の中に引っ張り込まれてしぶい顔はしていたが、ラスには腰を低くして機嫌をうかがうような挨拶をした。それに、ラスも鷹揚に応じる。
「頭領の所で見た顔だ。良い出物はあったかい?」
 一つに結んだ髪を揺らしてゆったり首をかしげる男に、脱いだ帽子を胸元にあてた人買いの女が奴隷の腕をつかんで答える。
「御陰様で。御満足頂けるかと心得ておりますよ」
 ラスは目の前に突き出された格好の、奴隷の姿に少しばかり目を見張ったようだ。
 それは首輪を着けたテオだった。すぐに笑みを深くしたラスは、一目見てAランク冒険者であるその実力が解ったのだろうか。
 テオはされるがままになりながら、苦々しさは隠さなかった。ただ、その顔はなんとなく「何やってるんだ」とばかりに我々を見ているような気がものすごくするので、人買いのしぶい顔とは別の種類だったかも知れない。
 ラスが意識をテオに向けている間に、人買いの女はメガネと私にさりげなくささやく。
「ブーゼ一家にはせいぜい恩を売っとく事さね」
 テオを引き渡す先が、ブーゼ一家であることを我々に教えているのだと。それを聞いてやっと気付いた。メガネが。私はメガネに教えられ、一人遅れてなるほどねとうなずく。
 それはあれだね。
 どうにかうまく貸しでも作り、なんとかテオを返してもらわないといけないやつだねと。

つづく