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2020年ブックレビュー『キュー』(上田岳弘著)

壮大なイメージというか、幻視が炸裂している。
付いていくのは、ちょっと大変だ。
上田岳弘さんって、いつもこんなこと考えてるのかな…途方もない空想力だな…と驚嘆しながらページをめくって、先へ先へと物語を追ってしまう。

物語は多彩な人物が語るモノローグのレイヤードで成り立つ。
登場人物だけでなく、時代も場所ビュンビュンと飛んで複雑極まりない。

物語の一つ目の柱は、現代に生きる立花徹。心療内科の医師で、立花茂樹という寝たきりの祖父がいる。そして、高校時代に思いを寄せていた恭子という女性がいる。彼女は、広島で被爆をした前世があり、自分の中に「第二次世界大戦」があると思い込んでいる不思議な女性だ。二つ目の柱は、立花茂樹と彼が敬愛する石原 莞爾の戦中戦後。彼らは、一つの意志の元に人類を統合しようとする「錘国(ギムレッツ)」と、権力を分散し続ける「等国(レヴェラーズ)」という概念を生み出す。この二つを競わせて「世界最終戦争」を起こそうとする。三つ目の柱は、技術が進歩した先に人類が溶け合って、Rejected peopleと呼ばれる人造人間がいる未来。コールドスリープから覚醒し、一気に700年後未来世界へと飛んだ天才青年Genius lul-lulと一人のRejected peopleは、あらゆる願いを叶える「All thing」を探す旅に出る。

これらのストーリーに憲法九条やオリンピックなどが絡み合いながら、物語は進む。上田さんの想像する未来は、「人間たちが溶け合ってゲル状になる」らしい。芥川賞受賞作の「ニムロッド」にも、同様の設定があった。

本作では、ドロドロ設定の周辺をさらに膨らませている。人類には未来に進む過程でいくつかの通過点があり、例えば広島・長崎への原爆投下はパーミッションポイント「原子力の解放」。すでに決まっている「予定された未来」に向かうまでのパーミッションポイントの一つ「個の廃止」を超えていくと、人類は一つの「肉の海」に溶けてしまう。なんてパンクな未来。

信じたくないけど、人工頭脳(AI)も発達して「シンギュラリティ」も近いとされる状況を考えると、「個」なんてあってもなくてもよさそうだ。

面白いのは、「錘国」と「等国」という対立する国の形。「絶対君主に権力が集まる」錘国に、「個を維持したままで全体最適に近づけていく」等国が敗れ去ってしまうのは、現代の社会システムへの、また一強政治への痛烈な皮肉にも思える。「等国」のような社会システムを実現できないのが、人間の本能なのか。

耳慣れない数々のワードと目まぐるしい展開に翻弄されつつ、そして人類の未来におののきつつも、人間がゲル状の「予定された未来」が訪れる前に、そもそも地球は持ちこたえられるのか、と考えてしまう私もいたりして…。





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