口笛のシャンゼリゼ
はじめてのパリだった。
友だちがいたので呼ばれた。
親友だった。
高校時代に仲違いをした。
大好きだったがうまくいかなかった。
フランス人の奥さんをもらったらしい。
やれやれ……のろけ話か。
そう思うとそうではなかった。
「離婚しようかと思っている。お前の意見を聞かせて欲しい。渡航費は俺が出すから、フランスで会えないかな」
最後まで読むとこんな手紙だった。
――ちょうど長めのお盆休みを有給に絡めて取る予定だった。
フランスか……。
それもいいかもしれない。
俺はそう思ってエールフランス航空の飛行機をブッキングした。
成田空港のカフェで朝食を取った。
自分が乗る飛行機がタラップをおろしている。
『8:11便のお客様はお急ぎください』
俺は少しパンを食べ残したまま席を立った。
笑顔でキャビンアテンダントが立っている。
チケットを見せ、掌で場所を合図された。
あいつは今どんな気分なんだろう。
そう思っている間に、飛行機が離陸体制に入った。
ベルトを締めて前を見ると、大きなスクリーンにこの飛行機の離陸する姿が映っていた。
映像で飛行機が離陸するときに、重力を感じながら体が浮いた。
ふわりとする体の中に、
俺がこれからフランスであいつと話をしなければいけない不安感がまざまざと刻まれた。
窓の中に雲が下に見え始めた。
機内にアナウンスがあった。
機内アナウンスが終わると、シャンゼリゼの歌が流れた。
ワインを朝から繰り返し頼んだ。
あいつには申し訳ないことをした――そんな思いがいくつもいくつも湧き上がってきた。
眠りに落ちている間にだいぶ時間がたったようだった。
夜間にドバイで一旦給油をしていた。
時間が少しある。
夜景が綺麗だった。
寝ている間に距離が移動している。
あいつは夜なのか……でも、俺は朝だった。
シャルル・ド・ゴール空港に着陸した。
タラップを降りて空港の手続きを済ませると、奥さんと一緒にあいつがいた。
むしろ奥さんの方が俺に愛想が良かった。
俺たちは、
「久しぶりだな」
それだけだった。
奥さんは別れたくないんだな。
俺はそう思った。
夕食の間も大した話はしなかった。
奥さんの視線がたまにあいつに注がれる。
……受け止めてやれよ、それだけでいいんだ。
俺は目でそう言った。
あいつは俺にだけ分かるように頷きながら奥さんを無視した。
「お前と俺はそうやってだめになったんだろ」
日本語を解さない奥さんに日本語でこう言った。
「そうだな」
口だけで奴が笑った。
「Recommencer」
微かに奥さんの方に首を傾けた後、ちらりと目を奥さんの反対側にあえてそらしてこうつぶやいた。
俺の目を真正面に見た。
「Recommencer」
それでいい。
「Oui」
俺は言った。
フランス語の会話で、俺とあいつに何があり、何があったにもかかわらずなぜ俺がここにいるのか、奥さんはわかったようだった。
食事は終わり店を出た。
ホテルはここからタクシーで40分ほどだ。
別れを告げた。
肩を抱いて、あいつが頭を下げた。
シャンゼリゼのホテルだ。
一泊して日本に帰ろう。
ホテルに着いて部屋に入った。
シャンゼリゼの音楽は鳴っていない。
俺は窓から見えるシャンゼリゼを見ながら、静かに口笛を吹いた。
最後に歌い終わった後
「Recommencer」
これを加えた。
『やり直すよ』
俺はあいつにそう言った。
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