第11回 取締役会決議の欠缺と取引の効力(会社法の基礎)

1.前回のおさらい

前回〔第10回〕は、取締役会決議が無効となる場合を最後に見ました。
原則として決議に違法の瑕疵がある場合は、特段の事情がない限り、取締役会決議は法の一般原則により無効となります。

今回は、「取締役会決議が必要とされるのに無かった場合」を取り扱います。
取締役会決議の無効とは、つまり、決議が最初からなかったことを意味しますから、「決議の無効⇒決議がなかった場合の取引の効力」の順番で検討されることが多いのです。
そのため、第10回と11回は姉妹編のような関係にあります。

2.内部的制限

原則として、代表取締役は包括的な代表権限を有します(会社法349条4項)。とはいえ、会社の内部では、会社法上のルールとは別に、一定の重要な取引については取締役会決議を要するという社内ルールが定められる場合があります。

例えば、代表取締役が、特定の契約を締結する場合は、取締役会決議による承認を要する、という定めの定款や社内規則が存在する場合があります。また、代表取締役が複数人入る場合に、定款等により、それぞれの代表取締役が行うことのできる取引についての代表の方法が制限される場合があります。
このような制限を内部的制限といいます。

それでは、代表取締役が内部的制限に違反して取引をした場合、その取引の効力は無効となるのでしょうか。

これについて、会社法349条5項は以下のように規定します。

第349条
第4項
 代表取締役は、株式会社の業務に関する一切の裁判上又は裁判外の行為をする権限を有する。
第5項 前項の権限に加えた制限は、善意の第三者に対抗することができない。

この規定によると、内部的制限は「善意の第三者」に対し対抗できないとされます。そして、これには「悪意に匹敵する重過失の場合」も信義則上「善意の第三者」から除外されるとする解釈が一般的です(注1)。
つまり、内部的制限の存在について、取引の相手方が悪意又は重過失である場合に限り、会社はその取引の効力を否定できます。

3.重要な業務執行

第10回では、「重要な業務執行」の決定については、取締役会決議による決定が必要であることを学びました(会社法362条4項)。

そうすると、取締役会決議による決定を経ることなく代表取締役が独断で行った「重要な業務執行」の効力はどうなるのか、という問題が生じます。

たとえば,取締役会に無断で,会社の工場(重要な財産)を譲渡した場合などです。

① 判例

取締役会決議を経ずになされた重要な財産の譲渡につき、判例(最判昭和40年9月22日民集19巻6号1656頁【百選61事件】)は以下のように判示します。

株式会社の一定業務執行に関する内部的意思決定をする権限が取締役会に属する場合には、代表取締役は、取締役会の決議に従つて、株式会社を代表して右業務執行に関する法律行為をすることを要する。しかし、代表取締役は、株式会社の業務に関し一切の裁判上または裁判外の行為をする権限を有する点にかんがみれば、代表取締役が、取締役会の決議を経てすることを要する対外的な個々的取引行為を、右決議を経ないでした場合でも、右取引行為は、内部的意思決定を欠くに止まるから、原則として有効であつて、ただ、相手方が右決議を経ていないことを知りまたは知り得べかりしときに限つて、無効である、と解するのが相当である。

本判決によると,「取締役会決議の承認を経ていない重要な業務執行は,①内部的意思決定を欠くにとどまり原則として有効であるが,②例外的に,相手方が決議を経ていないことを知りまたは知りうべかりしときは無効である」ことになります。

また,無効を主張できる者も制限されます。

つまり,①取引の無効は原則として会社のみがこれを主張することができ,②相手方は会社の取締役会が無効主張する旨の決議をしているなどの「特段の事情」がない限り,取引の無効を主張できない,とするのが判例です(最判平成21年4月17日民集63巻4号535頁)。

以上が判例の判断枠組みです。

② 学説

判例の枠組みによると,取引の相手方が悪意又は有過失の場合には,取引が無効となることになります。

これに対し,学説上は,相手方に,取締役会決議がなかったことについて過失があるにすぎない場合にまで取引を無効とすることについて,厳格な注意義務を課すことは公平の見地から妥当でないとする批判があります(注2)。

そこで,学説上は,信義則・権利濫用に基づく一般悪意の抗弁を利用するなどして,第三者に悪意・重過失がある場合に限り無効であるとする見解も有力です(注3)。

③ 内部的制限との関係

内部的制限の場合は,会社法349条5項が適用されて,悪意(又は重過失)が取引の無効の要件とされました。

これに対し,「重要な業務執行」の場合は,内部的制限ではなく,会社法362条4項という「法律」に基づく制限が問題となっています。
そのため,この場合は,単なる代表権の制限が問題となる349条5項が適用されるのではないと理解されています。

そして,法律に基づく制限の場合は,判例上,「悪意・有過失(軽過失含む)」が要件となり,第三者にとってはヨリ厳しい規律となっています。

これは,制限が「内部」にとどまらず,法律により客観的に規定されているため,取引の相手方は取締役会決議の有無を積極的に調査する義務を負うと解されているからです。

結局のところ,相手方としては,①取引が取締役会決議を要する「重要な業務執行」に当たるのか,②取締役会決議がされたか否か,の2点につき調査義務を負うことになります(注4)。

また,例えば内規で「5千万円以上の財産の譲渡については取締役会決議による承認を要する」といった定めが置かれている場合は,内部的制限か,「重要な業務執行」の問題かが問題となります。

基本的には,会社にとって無効が認められやすい「重要な業務執行」の方から検討していきます。
気を付けなければならないのは,内規の存在は,「重要」性を判断する際の「従来の取扱い」においても検討されるということです。この点については前回(第10回)を復習してください。

仮に,重要な業務執行に当たらないと判断する場合は,内部的制限の問題として検討していくことになります。

4.利益相反取引

① 直接取引類型(第三者が存在しない場合)

利益相反取引規制は、株主の保護を目的とした規制です。
株主利益最大化の観点から、「利益相反」というものは看過しがたいものです。

そのため、承認を受けない利益相反取引は無権代理行為となり(会社法356条2項、民法108条)、会社は、取締役又は取締役が代理した直接取引の相手方に対しては、常に取引の無効を主張することができます(注5)。

注意すべきは、取締役が第三者のために(つまり第三者の名義で)取引した場合、当該第三者(つまり代理における「本人」)は、いかの②類型における「第三者」ではないということです。

② 間接取引類型(第三者が存在する場合)

①に対し、利益相反取引においては、会社の内部の利益相反状況や承認の有無について知ることが困難な「第三者」が存在することがあります。
この「第三者」の利益の保護も考慮に入ってきます。

この点について、判例(最判昭和43年12月25日民集 22巻13号3511頁【百選56事件】)は以下のように判示しています。

会社以外の第三者と取締役が会社を代表して自己のためにした取引については、取引の安全の見地より、善意の第三者を保護する必要があるから、会社は、その取引について取締役会の承認を受けなかつたことのほか、相手方である第三者が悪意(その旨を知つていること)であることを主張し、立証して始めて、その無効をその相手方である第三者に主張し得るものと解するのが相当である。

この判例から、取締役会決議による承認のない利益相反取引は、原則無効である、しかし、「会社以外の第三者」が存在する場合は、「取引の安全の見地」より、①利益相反取引該当性、及び②承認決議の不存在についての「第三者の悪意」を会社が主張・立証しなければならないということがわかります。

この「会社以外の第三者」とは、間接取引の相手方(例えば、保証契約における債権者)や、手形行為の場合は、手形の譲受人も含まれます。

なお、「第三者の悪意」については、「重過失」も含まれるとする見解が有力です。

③ 補足:代表権の濫用

なお,形式的には代表権の範囲内ではあるものの,代表取締役が自己又は第三者の利益を図る目的を有していた場合は,「代表権の濫用」が問題となります。

たとえば,代表取締役が個人の借金を返済するために,金銭を借り入れる場合などです。

この問題については,従来の判例の理解(最判昭和38年9月5日民集17巻8号909頁)を前提にすると,代理権の濫用の規定である民法107条が類推適用されることになります(注6)。

これによると,相手方が代表取締役の濫用的な目的を知り,又は知ることができた場合は,会社への効果の帰属が否定されることになります。

6.まとめ

今回は、取引の場面を中心に見てきました。

取引の場合は、「取引の相手方」という第三者が加わりますので、いままでよりも少し複雑な考慮が必要となることが分かったと思います。

次回も、引き続き取引に関するテーマを扱う予定です。

注1)高橋美加ほか『会社法〔第3版〕』179頁〔高橋〕。
注2)江頭憲治郎『株式会社法〔第8版〕』447頁。
注3)高橋ほか・前掲注1)192頁。
注4)江頭・前掲注2)446-47頁。
注5)江頭・前掲注2)462-63頁。
注6)高橋ほか・前掲注1)180頁。

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