見出し画像

コレクション16,000点のカオスのなかに埋もれていたカリブ海。

えっ、と思うタイミングでパズルのピースがはまっていくことがある。なんとなく薄ぼんやりと「探している」とき、予感が不意にかたちになることがある。

先月、家人とともにある研究者の知人宅を訪れた。研究分野は宗教社会学に文化人類学、南米のブラジルや、カリブ海のハイチなどがフィールドの方だ。家一軒まるごと埋まるほどの資料をお持ちで、興味のある方にまとめて譲りたいのだがとのこと。長年勤めた大学を退職直後にご体調を崩され、療養中だった。

家人は(日本の大学界隈ではマイナーな)ラテンアメリカ文化研究者、私は(日本の美術館界隈では超絶マイナーな)ラテンアメリカものに加え、アフリカ現代美術のコレクション展なども大喜びで手がける変わり者なので、その方もお声がけくださったのだろう。

変わり者の履歴↓


伺う数日前、予兆のようにその方から1冊の本が届いた。The Miracle of Haitian Art。1974年刊行。著者は、1940年代の「ハイチ・ルネッサンス」というものを仕掛けたアメリカ人。問題は多いが基本文献だという。

画像1

ハイチ
フランス語圏、つまりいちおう守備範囲のスペイン語圏外ということもあり、なんとなく自分には縁遠かった国。でもアフリカ現代美術をやって以来、ぐんと近くなった。この本もすごく面白そう。だけどウチの館、作品がないんだよねえ。

と思いつつ、伺った日は、その方がなぜ若き日にハイチに足を踏み入れることになったのか、ぶっちゃけただの成り行きだったのだが・・・というお話が実はとっても面白くて、出逢いってそもそもそういうものだと大いに納得しながら、帰宅した。ご本人も、よもやま話をすること自体が楽しみだったようで、資料がどうのというトピックは脇に置かれた。

で。それから1ヶ月後。


あったのである。


作品が。


16,000点にのぼる、当館のカオスなコレクションのなかに、2点だけ。
作家名は、カステラ・バジールと、セネック・オーバン。どっちの作品も1940年代。なんと「ハイチ・ルネッサンス」。


その2点は、世田谷美術館のコレクションの特色のひとつである「素朴派」という括りで、90年代に購入されたものだ。1996年、開館10周年記念展のカタログには、載っている。私がこの美術館に入ったのは、その4年後の2000年。少なくとも、それ以来こんにちまでの20年ほどは、まともに出品されていない

いや、どっちか1点だけ、入ってすぐの頃のコレクション展で見たような?でも「ハイチ」の作家とは認識できていなかった。そういう解説がされるような展示ではなかった。欧米の「素朴」系作品を集めてはいても、「ハイチ・ルネッサンス」なるものに関心をもつようなスタッフは、この20年、館内にいない。

The Miracle of Haitian Artをあわててめくる。索引で作家名をさがす。ふたりの名は当たり前のようにある。というか表紙の絵。これ、カステラさん(もはや友だち気分)の作品。その彼の別作品が、当館にある。

わあわあ騒いだら、長年コレクションの面倒を見てきた先輩が「どこにあるか教えとくよ」。長年のあいだに増え続ける作品でぱんぱんになった収蔵庫のどこに何があるか、熟知している。来年引退である。教えてもらった。とある絵画ラックの奥の方。

なるほど。これはちょっとひどい。額縁が、である。金ぴかでぶっとい額縁がすべてを台なしにしている。地味な絵が全く目に入らない。どうしたものか。取り替えるお金はない。どうしたものか。


ところで、年明け1月からの(コロナ埋め合わせ)企画展は私の担当である。「世田谷美術館コレクション選 器と絵筆―魯山人、ルソー、ボーシャンほか」という。

タイトルもテーマも他人が決めた。君はその時期ヒマだろうというだけの理由で担当になった。人生そんなものだ。成り行きである。ええじゃないか。そういうところに「えっ」が忍び込む。タイトルの末尾の「ほか」、そこに、ハイチの「素朴」絵画もぶちこんでみたら何が起こるだろう。

いやー今回はやめとけば?と慎重論も聞こえたり聞こえなかったりするし、そもそも当館のコレクション活用展は、展示作業の最終段階でもエライ人たちの胸先三寸で「柔軟」に変化しちゃったりするので、まあヘタな意思なんか持つだけ損ではある。

が、妄想するのはいつでも自由だ。ぶちこめなくたって別に失うものはない。絵が燃やされるわけじゃなし。さあどうしたものか。






もしサポートいただける場合は、私が個人的に支援したい若手アーティストのためにすべて使わせていただきます。