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「普通がいい」と言う彼の普通とは違う人生 ~ BR東京・中澤健宏(後編)

2023-24シーズンをもってリコーブラックラムズ東京を退団、ラグビー選手からの引退を発表した中澤健宏さん。銀行員から転職、中途採用社員ラグビー選手という異色の経歴を持つ中澤さんのMyStory。

後編では、リコーブラックラムズ東京に入団と同時に株式会社リコーで営業としてのキャリアをスタートさせてから、今後のお話までを伺いました。
(取材日:2024年7月)


ーーみずほ銀行を2016年3月に退職され、株式会社リコーに就職されました。どんな仕事をされていますか。

銀行は退職する3月末までしっかり働いて、4月からリコーに入社しました。
リコーでは、これまでの人脈や知識を強みにできるみずほグループ向けの営業に配属されました。営業として本部に行くとラグビー部のOBの方などにばったり会うこともあります。

練習があるので仕事ができる時間は限られますが、営業として、お客様のお話を聞いて、求められるものを提供する仕事をしています。自社製品だけじゃなくて、他社の製品を探してきて提供することもあります。

ーー中澤さんにとって営業の魅力は何ですか。

頑張れば頑張った分だけ結果が付いてくるのを感じます。結果というのは、もちろん数字もそうですが、お客様と仲良くなるのもそうです。個人的に試合観戦に来てくれて「楽しかった、また来たい」と言われると嬉しくて、営業をしていてよかったと思います。

ーー仕事とラグビーがつながっていますね。

そうですね。例えばセブンズ(男子7人制ラグビー日本代表に招集)で日本にいないときは営業もできないから、結果も出なくて楽しくないと思ったのですが、セブンズから帰ってきて仕事とラグビーが両立できるようになると、結果が出るので楽しくなってきました。同じ職場で営業をしている人たちよりも数字では劣りますが、いい影響を与えられていると思います。

ーー仕事をするうえでラグビーをやってきたことが活きていると感じることはありますか。

営業とラグビーのどっちが先か、というのはありますが、準備のところです。というのは、営業では、自分がちゃんと理解して分かりやすく説明できている内容じゃないとお客様には刺さりません。ラグビーでも、ちゃんと理解せずにやった練習は身にならなくて、時間の無駄だと思いました。理解してやる練習は少しの時間でもすごく効果的な練習になります。

積み重ねが必要だと感じます。付け焼刃のような知識だとすぐに忘れるし、繋がりがない。それは営業とラグビーに共通するところがあると思います。自分の頭で理解して説明できるくらいに腑に落ちる準備が大事だと思いました。

とはいえ、いろんなことをする中で準備にかけられる時間は限られます。準備の時間は仕事外の時間になるので、営業が楽しいと思えていない時期は、自分の時間を使ってまで営業にとってプラスになることはできませんでした。営業が楽しくなってきて、もっとやれると思えると、仕事の外の時間でもやろうと思えました。昨年はラグビーの合間に仕事をしていました。それは自分のためで、引退後のこともあるし、そもそも数字を上げたいのもありました。せっかくやるなら結果が良くなるよう取り組みたい。そうなってから結果も出るようになりました。

お客様からの連絡に対するレスポンスを一番大切にしています。そこはスキル関係なくできるところです。要領がよくないので優先順をつけながらですが、まずは受領連絡をします。そう心がけたら相談も増えましたね。

ーーラグビーでは入団2年目から試合に出場しています。印象に残っている試合はなんですか。

初出場の公式戦(2017年10月22日、対神戸製鋼コベルコスティーラーズ)です。チーム全体の集中力が高くてペナルティがゼロでした。
この試合は、自分自身のディフェンスが良かったですね。相手がラインブレイクしてきたところを全部ちゃんと受け止められました。アタックも思いっきりできました。ボールを持ったらすぐに倒れないで、前に粘って進んだとか、ボールを持ってないときも走りこんでディフェンスを寄せるとか。思い切りの良さが出ました。Player of the Matchを取りました。

初出場の神戸製鋼スティーラーズ戦でPOMを獲得

ーー初出場は2年目からですね。

1年目の終わりに3か月間ニュージーランド留学をしました。仕事も完全に休んだので、初めてプロのような生活をしました。ハリケーンズのアカデミーチームでの練習に参加して、週末に試合にも出ました。暇な時間も多かったので、現地の語学学校に通ったり、ジムで筋トレをしていました。

ーープロのような生活を機にプロになろうと考えませんでしたか。

全然。全然ないですね。期間限定だからプロが楽しいわけで、そうじゃなければ引退後どうしようとか考えなきゃいけないので大変です。そのあたりに「普通がいい」が出るんです。

ーー今シーズンで引退ですが、ご自身の中で引退が見えてきたのはいつ頃ですか。

3年前くらいです。セブンズ(7人制ラグビー)で東京オリンピックを目指していたときに、腰のヘルニアを再発しました。最初の発症は2014年で手術をしたのですが、5年たって2019年の夏に再発しました。その時点で、セブンズをやめてチームに帰ってきました。手術はせずにリハビリで回復までに半年かかりました。復帰してから練習はできていましたが、セブンズから帰ってきた段階で「次の契約難しいかもしれない。」「いつ引退勧告されてもおかしくない。」と思っていました。あと3年出来たらやり切ったと言えると思ったのですが、そこからちょうど3年できました。

ヘルニアは昨シーズンにまた再発して、今回は手術をしました。プレシーズンはリハビリをして秋のシーズンに入ってからようやく復帰しました。12月のキヤノンとの練習試合に出場しました。

2024年1月 クボタスピアーズ船橋・東京ベイ戦(練習試合)

ーーそして今シーズンに引退を決意されたのですね。

すごい(多く)試合に出るのでなければ、タイミングもあるので引退しようと決めていました。自分の中でやり切れたので、今シーズンの後半になって自分から言いに行きました。

ーー引退後、これからのご予定は。(補足:取材日は2024年7月、同年8月にBR東京採用担当に就任)

8月から採用としてチームスタッフに戻ります。
自分がラグビーをするために転職させてもらえた恩を返したくて、どんな形でもいいからチームに関わっていたいと思っていました。直接貢献できる機会をもらえたので、チャレンジしたいと思って、チームスタッフになることを決めました。

まだ具体的には何をするかは分からないので、実際にはこれからです。
前任の方がいい選手を取るんですよね。自分とはキャラクターが違う方なので、自分のやり方を見つけていくしかないのかな、と思っています。周囲は「中澤なら大丈夫だよ」と、とても期待してくれます。それが今は不安ではあります。

ーー営業としての社業専念の道もあったのではないですか。

ラグビー部から声をかけてもらったときに、営業の上司に相談しました。自分の異動は、営業部からすると人員減で戦力ダウンになります。そのため、行かせたくなかったはずですが、公平なアドバイスをもらいました。
さらに、社内での一般的な異動時期ではありませんが、自分の意思を尊重して、8月に集中する(各大学の)菅平合宿に間に合う時期に異動できることになりました。「今まで頑張ってくれたし、ラグビー部が来てほしいと言ってくれているなら」と快く送り出してくれたことを、心から感謝しています。

ーー銀行員からラグビー選手を経てラグビーのチームスタッフへ。「普通がいい」とおっしゃるけど、実際に起きていることは普通じゃないですね。

自分では、節目の決断をするタイミングの軸は「長いものに巻かれたい」と変わっていないと思います。銀行にいるときは、ずっと銀行にいるんだろうと思っていましたが、(ラグビー選手への転職は)自分にとっては大きなターニングポイントでした。自分のように機会がもらえることは珍しくて、なりたくてもなれない人がたくさんいる。ありがたいです。

中澤 健宏:
1991年9月10日埼玉県生まれ。NTTジャパンラグビーリーグワンに所属するリコーブラックラムズ東京(BR東京)の元選手。現役時代のポジションはフルバック。
埼玉県立所沢北高校でラグビーを始めると、幼少からプレーしたサッカーで磨いたキック力と当たり負けない強さで活躍。3年生では埼玉県選抜候補になる。卒業後は対抗戦A/Bグループ立教大学へ進学し、1年生からレギュラーとしてプレーをする。4年生時には関東大学オールスターゲームの対抗戦選抜に出場。大学卒業後はラグビーを離れ会社員として勤務するも、2015年の日本-南アフリカ戦での日本の劇的な勝利に影響を受け、ラグビー界へ復帰。株式会社リコーに入社すると同時にBR東京入団。2017年に初出場の試合でPlayer of the Matchを獲得。2018年には7人制ラグビー日本代表に選出。2024年に現役を引退。2024年8月よりBR東京採用担当に就任。
趣味はサイクリング。甘党。


■インタビューを終えて

繰り返し出てくる「普通」「堅実志向」「長いものに巻かれたい」
しかし、目の前にある1つ1つの岐路で自分と正直に向き合って、大切に選択されてきた結果が、他の人が追従できない人生の轍(キャリアの語源)を作りました。
その選択の場面には、必ず中澤さんを助け応援してくれる人が現れます。その人のことを話す中澤さんからは感謝と愛情が伝わってきます。この「応援される力」と「感謝できる力」が採用としてリコーブラックラムズ東京の未来をつくっていくのだと想像するとワクワクします。

これからの中澤さんが歩く道にできる轍も楽しみです。


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