No.117 旅はトラブル / 由理くんよ!これがパリの灯だ(4)パリでイタリアン&ポルトガル人のドライバー
No.117 旅はトラブル / 由理くんよ!これがパリの灯だ(4)パリでイタリアン&ポルトガル人のドライバー
(No.115 旅はトラブル / 由理くんよ!これがパリの灯だ(3)ホテルヴェルネとシャンゼリゼ大通りの続きです)
日本からの長旅にも関わらず、連れ合いの由理くんと僕は、ホテルヴェルネへのチュックイン直後からパリの街歩きを始めた。9月秋の気配が忍び寄っているパリのシャンゼリゼ通り19時の太陽は、西の空にまだ顔を見せ、その陽は整然と屹立するシャンゼリゼの並木や、道ゆく人と車の右半身を照らす。陽が作っているであろう影は、人と車の群れに踏まれ隠れている。
隣を歩く連れ合いの由理くんの顔にも陽が射して、美しく僕に向けて和かな光を放つ。僕の顔も、パリの優しき光は陰影を程よく描き、自然の化粧を施してくれて由理くんに届いているのだろうか。惚れなおしてくれるかな、パリの光のマジックに騙されて。心に降りてきた思惑に人知れず微笑みながら、二人で歩みを続ける。
パリの街の中心地をコンコルド広場に取ると、北西方向にシャンゼリゼ通りが走り凱旋門に当たり、南東方向に進むとフランス革命の発端の場所となったバスティーユ広場がある。コンコルド広場とバスティーユ広場を結ぶ通りがリヴォリ通りであり、通りの後ろ側に沿うようにパリ市民の憩いの場チュイルリー公園が広がる。リヴォリ通りの北側にルーブル美術館、オペラ座などがあり、南側にオルセー美術館などがある。
ちなみにエッフェル塔はコンコルド広場から西南西に3km弱のところにある。パリはヨーロッパの主要都市の中でも広いのであるが、それでも上記の観光の主要スポットは4kmの円内におさまる。凱旋門から南東方面に4km約1時間も歩けば、中心地のはずれ近くまで行けるのだが、ルーブル美術館を丁寧に観れば2日でも足りないくらいなのだ。実際に歩いて、人間の血管を連想した。2mに満たない人間の血管の合計が、地球何周分に当たるとかの話に近い。
どこのお店にも入らず、シャンゼリゼ通りのウィンドウショッピングを30分強は味わっただろうか、大きな広場に着いた。印象的な塔が目に入り、そこがコンコルド広場とすぐに分かった。多くのヨーロッパの都市は、何個かの広場と広場を道が放射線状に結ぶ街作りとなっていて、パリもまたその例外ではない。
コンコルド広場に着いた頃に陽が翳ってきた。広場からリヴォリ通りに入ると、シャンゼリゼ通りとは違い、アーチ型のアーケードを持った灰色と茶色を合わせたような彩りを持つ建物が、幾何学的と言っても良い美しさで道を挟み両側に並ぶ。一瞬お店がないように思えたが、そうではなかった。アーケードの中に、お洒落を競うように仄かな光を宿すお店が並ぶ。薄暗くなりつつある通りの中央の車道には、ライトをつけ始めた車がちらほらとみてとれた。
アーケードの中の一件の靴屋さんに入ってみた。我々の相手をしてくれたAnnaさんの名刺が彼女の笑顔の印象と共に僕の手元に残る。聞くと、Annaさんイタリア出身で、日本は大阪に半年ほど留学したことがあるという。始めは僕と英語で話し始めたが、次にフランス語と関西弁で由理くんと会話を続けた。しきりに由理くんのフランス語の発音が綺麗だと褒めてくれる。由理くんには珍しく照れて「うまくあらへん。ちゃうちゃう」と手振り付きの日本語を交えながらも、楽しそうだ。
Annaさんからパリ在住の人ならではの美味しいレストラン情報の収集を試みた。有り難い情報ばかりで、パリ滞在中に教えてもらったいくつかのお店に足を運ぶこととなる。この夜は寝不足ながらも初めてのパリでのディナー、いきなりフレンチはキツイかもとなりAnnaさん行きつけのイタリアンに行こうとなった。
Annaさん、パリでイタリアンから開始ですか〜と笑っていたが、親切にもそのイタリアンレストランに電話を入れて予約までしてくれた。旅の印象で「イタリアは泥棒が多い」の他に「パリの人たちは感じが悪い」との言葉もよく耳にしていた。イタリアは短い滞在だったが、我々が怪しく思われた(No.086)。パリではこの後出会った人たちは全て「感じの良い人たち」だった。
フランス人の英語嫌いは、よく知られているし、僕もその風潮は感じた。百年戦争などの歴史を紐解けば、さもありなんである。買い物をするときに、僕が英語で話しかけて無視をされた後に、由理くんがフランス語で話しかけると「トレビアン」と態度が豹変したことも経験した。
滞在2日目以降も、パリの街歩きを楽しみ、裏道などで何度も迷った。その度に由理くんがフランス語で道を尋ねたが、みなにこやかに対応してくれた。試しはしなかったが、僕が英語で道を尋ねたらどうだったのであろうか?
話を戻す。コンコルド広場のタクシー乗り場から、Annaさんが名刺にメモしてくれたイタリアンレストラン「Capriccio」に向かった。庶民的な感じの良い、料理も美味しいお店だった。お店のご主人がナポリ民謡「O sole mio オー・ソレ・ミオ」まで歌ってくれ、流石イタリア人、由理くんにハグしてきた。お返しと言うか、仕返しと言うか、僕も彼にハグしてやった。「由理くん、ここパリだよね」「決まっとるやん」と二人で笑い、パリのイタリアンを満喫した。
さあ、ぼちぼちホテルに戻って睡眠を取らなければ。タクシーを呼んでもらい、イタリア人主人の「アリヴァデルチ・さようなら」の陽気な声に見送られた。由理くんも大分フランス語の会話に慣れてきたようだ。中年(と判断した)のタクシードライバーさんの「日本人か?」からの会話もスムーズに進んでいるようだ。ドライバーさんの「ポルチュギース」から、彼がポルトガル出身だとは分かった。
「よく聞き取れているね。大したものだ」との僕の声かけに、由理くんが答えた。「あまり分からへんけど、こんなことやろなと見当つけて話しとるんよ。この人お喋りやから、楽やわ〜」大したものなのは、由理くんのフランス語ではなく、度胸と勘と言うことか。由理くんらしいな〜。いや、大したものです。
タクシーがホテルヴェルネに到着した。代金をフラン紙幣で払い、お釣りを硬貨で受け取った。そうだ、ここは東京じゃなかった、タクシーのドアは自分で開けなければ。ポルトガル語で「ありがとう」とか「おやすみ」は分からなかったので、僕も覚えたてのフランス語「Au revoir オ・ルヴォワール さようなら」で、イタリア人に負けず劣らずの陽気なポルトガル人に手を振った。
ホテルの部屋に戻り、刺激に満ちた長い1日を振り返った。由理くんはドレッサーの前に座り、お化粧を落とし始めた。「楽しかったわ〜。明日も楽しもうね。しんくん」楽しい1日が終わろうとしている。忘れそうもなかったが、今日の出来事をメモしておこうと、ポケットからメモ帳を取り出した。お財布も・・・うん?お財布はどこだ。焦った。どこにも無いのだ。財布の中にはクレジットカードと少しの現金とパスポートのコピーなどが入っている。
落ち着いて考えろ、自分。タクシーの支払いの時に財布は出した。確かにそこまではあった。タクシーの中か、道にでも落としたか。由理くんに伝えた。
「由理くん、お財布何処かに落としたかも知れない。クレジットカードも入っている。すぐに連絡しなくちゃ」
由理くん、ドレッサーの方を向いてお化粧を落とす手も休めずに、ひとことのたまった。
「ふ〜ん、明日でええんとちゃう」
ここは度胸を示すところじゃないの〜、も〜。
「とにかく、ホテルのフロントに行ってくるね」
「うん、気いつけてね」
目の前の由理くんの関心事はお化粧を綺麗に落とすことであった。
・・・続く
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