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No.118 旅はトラブル / 由理くんよ!これがパリの灯だ(5)パリで落とした財布の運命

No.118 旅はトラブル / 由理くんよ!これがパリの灯だ(5)パリで落とした財布の運命

(No.117 旅はトラブル / 由理くんよ!これがパリの灯だ(4)パリでイタリアン&ポルトガル人のドライバーの続きです)

「とにかく、ホテルのフロントに行ってくるね」
「うん、気いつけてね」
目の前の由理くんの関心事はお化粧を綺麗に落とすことであった。

落としたと思われる財布は二つ折りのいわゆる「札入れ」で、一番の問題はクレジットカードが入っていたことであった。パスポートのコピーも、何枚かのフラン紙幣も、靴屋さんの店員Annaさんから貰った美味しいレストラン情報が書かれた名刺も、もちろん大事だった。

部屋を出て、エレベーターは使わずに螺旋階段で、ホテルヴェルネのフロントに急いだ。何処かで落としたか、手元に戻らなかったら面倒だな、ぐるぐる廻る螺旋階段は、僕の頭の中を反映しているようだ。

「ボンソワール、ムッシュオノ」フロントに一人でいた金髪の男性は初めて会ったが、どういう訳かこちらの名前を覚えている。トラブルの件であれば、コンシェルジュに相談がいいと思い聞いてみると、ホテルヴェルネではフロントに立つものがコンシェルジュを兼ねているとの誇り高き返事だった。

平静を装いながら、財布を落としたと思われる経緯をゆっくりと英語で説明する。イタリアンレストラン「Capriccio」からタクシーでホテルまで戻ったこと、タクシードライバーはポルトガル出身であることなどを伝えた。彼の反応は当然の如く「おお〜、あらまあ」、日本語に訳せばこんなところだ。

日本からの困った男性の世話をする金髪の彼の年の頃は30歳前後か、僕が差し出したレストランの名刺を凝視する様は、フランスのシャーロックホームズかのようであった。「レストランに電話をしてみましょう」Capriccioに電話を入れてくれる。呼び出し音ばかりで応答がない。Capriccioの陽気な主人が、電話音など気にせずオーソレミオを歌っている姿が思い浮かんで苦笑した。

フランスのホームズくんが言う「ムッシュオノ、取り敢えずお部屋にお戻りください。何かありましたら、すぐにお知らせ致します。お店にはまた電話を入れます」。僕にとっても、クレジットカードを無くしたのは初めてのことで、すぐにカード会社に連絡すべきかどうか迷った。携帯電話がある今であれば、すぐに連絡するであろう。由理くんの「明日でええんとちゃう」が頭に浮かんだ。

「ここはフランスのホームズくんのお手並を拝見しよう。取り敢えず部屋に戻る。それから考える」の結論に至り、ホームズくんに、ではよろしくと挨拶した。瀟洒なホテルヴェルネの施設や調度品の中でも、由理くんと僕が最も気に入った小ぶりで粋なエレベーターで4階に上がった。螺旋階段のグルグル頭から少し解放されて、なんとかなりそうな楽観的な気分になった。

「どないやった〜?」お化粧を落とし部屋着に着替えていた由理くんから、心配や不安の気配は発せられなかった。「クレジット会社に連絡しないといけないかなあ」「あっそうか、面倒やね〜。電話番号ってどうしたら分かるんやろね。しんくん、どこかにメモでもしてる?」してなかった。「電話するにしても、またフロントの人に聞くことになるね。問題児日本人だね」

すると、部屋の電話が鳴った。「ムッシュオノ、フロントにいらしてください」部屋に戻って10分もしていなかった。再び部屋を出た。螺旋階段を使うか迷ったが、エレベーターが4階で停まっていた。僕が使ってから誰も使わなかったのであろう。お気に入りのエレベーターでフロント階に降りた。

フランスのホームズくんと目が合った。ニッコリ微笑み、掌を上にした左手を大きく左に動かす。ご覧なさい、左手の先にソファに座った男性が見えた。とっぷりとした体格の男性は立ち上がり、僕の前に黒い革の財布を差し出した。海外で落とした財布が戻るなど、かなり稀な話と聞いていた。

なんと、ポルトガル人ドライバーさんがホテルヴェルネまで、僕の財布を届けてくれたのだ。ホームズくんが英語で説明してくれた。僕を降ろした後、すぐにお客さんを乗せた。そのお客さんが車の後部座席に財布が落ちていると渡してくれた。クレジットカード の名前から、前に乗せた日本人夫婦と分かった。財布に気づいてくれたお客さんを降ろした後、すぐにホテルヴェルネに来てくれたと言う訳だ。

「I love Paris!」僕は思わず叫んでしまい、右手を差し出した。ポルトガル人ドライバーさんとガッチリと握手をした。ゴツゴツとした、律儀な労働者を思わせるいい手だった。お礼にと財布に残っていた3枚のフラン紙幣を渡した。にこやかに、陽気に、何か言ってきてくれている。由理くんを連れてくれば良かった。

ホームズくんが英語に訳してくれた。「あの愉快な女性はお前の奥さんか?お前たちが気にいったから、オレは財布を届けたんだ。そうじゃなかったら今頃はオレのものだったぜ。パリを大いに楽しんでくれ!」彼をハグしてしまった。彼が言った「ははは」の通訳はいらなかった。

ポルトガル人ドライバーさんが去った後、一仕事を終えて満足げなホームズくんにお礼を言った後に言葉を続けた。「パリは素晴らしい街だ。惚れたよ。そしてここホテルヴェルネにも魅了された。これから3日滞在予定だが、少な過ぎた。あと3日滞在を増やして欲しい。滞在費用の件だが、30%引きで泊まっている。その金額で延長を希望する。それと部屋も変えて欲しくない。返事は明日でも構わない。マネージャーと相談してくれ」

フランス人のホームズくん、こいつは日本人らしくないタフネゴシエーターな奴だなと思ったか否か、ニッコリと満面の笑みを浮かべ「ムッシュオノ、伺いました。ご期待に添えるように致します」。旅はトラブル、これだからやめられない。
由理くんの返事は決まっている。

「しんくん、ようやった。パリにはまだまだいたいわ〜」

・・・続く

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