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Re-posting No.081 若き友よ!(5)めぐみちゃん / 道を切り拓け!その2

Re-posting No.081 若き友よ!(5)めぐみちゃん / 道を切り拓け!その2

( 再掲載です。Re-posting No.080 の続きです )

「お久しぶりです」お勤めの区役所に行く格好ではなく、こちらの塾にきていた時の服装で、めぐみちゃんはやって来た。ジーンズにTシャツ、ちょっとくたびれたスニーカーを履き、リュックサックを背負った姿は、心を3年前に戻してみようとでも思ったものか。あるいは、ここからバックパッカーの気分で、新たな世界への出発点にしようとでも思ったか。

「元気そうだね」挨拶はしたものの、めぐみちゃんからの返答の笑顔は、当たり前だが、三年前の笑顔とは違っていた。彼女も大人への階段を上がっているのだ。現実と何かの間で葛藤しているな。僕の嗅覚が語った。近所で買った缶紅茶を飲みながら、一通り仕事の話やら思い出話をして笑い合った。

「で、本題か。仕事つまんないか?安定から抜け出ようとか、かな?」
「給料とか、仕事とか不満はないんですけど。このままでいいのかって気分もありますねえ」
「前にもちょっと触れたけど、めぐみちゃんは、どこかの機関に参加して、アジアのどこかに行くとかは向いていると思う。何か惹かれるものがあったから、大学時代にアジアの国々に行ったんだろう。こんなこと、誰にでも言うわけじゃない。アナタのお姉さんのなつみちゃんには、間違っても言わないよ。なつみちゃん(No.056)は行ったら、行った先に迷惑がかかる。オレと同じ、お洒落なヨーロッパが似合う」「ぎゃはは、そうですよね。迷惑ですよね〜。わかる、わかる〜」
手を叩いて笑う。昔に戻ってきたぞ。元気を取り戻してきたぞ。いいぞ。

「実は、青年海外協力隊に興味があるんです。でも任務期間が2年。行けないんです」
「何で行けないの?」
「仕事辞めないとだめなんです。高い倍率越えて、せっかく掴んだ職場なのに」
「区役所って東京都に属しているんだよね。協力隊への参加の制度みたいなのは、ないの?」
「ないです、ないです。辞めて戻ってきたら、私の席ないです。奪われてます」
「奪われる、か。笑えるなあ。制度も無いなど行政機関も情けない。わかった。上司に話をもっていけ」
「ええ〜、そんなのできるんですかあ!前例ないですよ〜!」
「前例ないからやるんじゃ〜い!ごちゃごちゃ言わんと、話し持ってけ〜」

意気揚々、めぐみちゃんは上司のところに行き、二年間の青年海外協力隊への参加許可を得る。帰国後も自分の席を奪われることなく。東京都管轄職員青年海外協力隊への認可第1号だった。三ヶ月の語学研修のあと、2013年6月任務地のネパールへ向かう。

青年海外協力隊に参加する若者の全てが、逞しく仕事を遂行できるわけではない。思い描いていたものと現実との違いに悩み、任務地へ足を運べなくなるもの。豊かな国からきた一時凌ぎの協力、現地の人たちからの信頼を得られない悩み。少なくない数の青年が、任務の中で挫折するのが現実だ。

めぐみちゃんの任務は、ネパールの村の子供達と女性たちへの教育、生活環境の改善が主なものだった。彼女の前任者もまた、村人からの信頼を得られないままネパールを去った。後任のめぐみちゃんも、初めは冷たい視線を向けられる。彼女は毎日毎日村人たちの家を訪れる。雨露を凌ぐだけの家とも言えない小屋のような家、お手洗いもない、水汲み場も共同の環境。カースト、階級制度が厳然と残る社会での、村人たちの無力感…。自分のしていることは無駄ではないのか、虚無感が襲う夜もあった。

「よし、頑張る」めぐみちゃんは、スコップを手に穴掘りから始める。トイレを作るのだ。その姿に村人たちも、めぐみちゃんに心を開いてゆく。毎日足を運んでいた家々のうちの一軒の母親が、食事に誘ってくれた。ネパールで食事を一緒にすることは特別な意味がある。悩みも相談してくれた。信頼を勝ち取った瞬間だった。村の子供たちも「Megumi めぐみ」と名前を呼んでくれるようになる。手を握ってきてくれる。ネパール人女性シタとも親友の絆を深めていく。

ネパールの片隅の村に、めぐみちゃんを中心に穴掘りから作った13個のトイレが残る。

実は、僕も、めぐみちゃんのお父さんの優一さんと共に2014年10月末から一週間の旅程でネパールを訪れた。ヨーロッパが似合うとうそぶいた僕にとって初めてのアジアへの旅だった。めぐみちゃんの赴任地の村で大歓迎を受ける。現地の人たちから寄せられるめぐみちゃんへの温かさが心に残る。彼女のネパール語は舌を巻く上手さだった。めぐみちゃんが、いかに現地の人たちと多くの時間を共にしたかを示していた。忘れられない旅であった。稿をあらためる。

二年間の任務を終える約二ヶ月前2015年4月25日ネパールを大地震が襲う。めぐみちゃんが手助けした村も甚大な被害を受けるが、訪れることもできず、青年海外協力隊員たちと共に、日本への強制帰国となる。めぐみちゃんは遺体の棺も載せられた帰国の機内で「こんな時こそ役にたてないでどうする」悔しさに涙する。

大地震からわずか一月後、ネパールに戻り、荒地と化した村へ向かう。家も無くし、草地の上で夜を過ごす村人たち、親友シタの姿が痛々しかった。懐かしさに近寄る村人たちに、できることがない。めぐみちゃんは改めて自分の力の無さを感じた。

いつまでも残る途上国への支援。真に発展すれば、途上国への支援は必要なくなるはずだ。現実に残る途上国への支援ビジネス。もっとキャリアを積む必要が、私にはある。2018年、めぐみちゃんは区役所を退職する。もっと学ぶのだ、一時的な支援ではなく、長い支援を、支援を終わらせるために。大学院を目指す。めぐみちゃんは、新たな勉強を始める。

その矛盾をはらむ難題に取り組むべく、めぐみちゃんは、あの「ドン臭い」めぐみちゃんは、今、東京大学の大学院でアジア研究に励んでいる。道を切り拓かんとする君に幸あれ!

「もう、オレが教えることは何もないな。前からそうだけどね」
「何言ってるんですか。まだまだこき使いますよ」
「口の悪いのだけは学んだようだな」

上弦の月が西の空に輝く。めぐみちゃんと二人、かつて自転車で走った細い裏道を歩いた。
二人を前に押し出すような、背中に受ける風が心地よかった。

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