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ビッグバン:プロダクトやサービス開発で避けるべきアプローチ

アンカーデザイン代表の木浦幹雄です。

昨今のプロダクトやサービス開発の現場ではユーザーやステークホルダーを巻き込み、プロトタイピングを通して小さく仮説を検証しながらプロダクトやサービスを作るべきだと考える人が増えています。この流れはユーザーにとって価値のあるサービスを作る上で、非常に重要なことですので大変良いことだと思っています。

ところで先日、知り合いとオンライン飲み会をしていた時に「そうではない方法」を指し示す名前として、何か適切なものはないですか?と聞かれました。たしかに言われてみると、いまいち良いものが見当たりません。そこで「ビッグバン(アプローチ)」ってのはどうですか?と提案したところ大変評判が良かったのでnoteに書いておこうかなと思います。

新規事業が失敗する理由とは?

ユーザーにとって価値のある製品を作るというのは当たり前のようでなかなか難しいのが実際のところです。アメリカの調査会社であるCB Insightsの2021年の記事では新規事業が失敗する理由を分析しています。これによるとユーザーから求められていない製品を作ってしまうことは、資金関連に次いでスタートアップが失敗する原因として非常に高いものであるようです。むしろお金がなくて失敗するのは当然すぎる気も。

ユーザーにとって価値のあるものを作ることが難しい理由として、昨今のスタートアップにおける新規事業創出のアプローチがあると考えることもできます。

世の中にはユーザーが明らかに欲しているもの、作れば間違いなく売れるであろうものが存在します。例えば癌をはじめとした難病の治療薬などはその筆頭でしょう。しかしだからと言って「どんな癌でも治す薬を作ろう」と思い立ったところでその領域では多くの企業が優秀な人材と豊富な資金力を武器に研究開発に取り組んでいますから、ゼロからスタートして彼らに追いつくのは並大抵のことではできないでしょう。

創薬に限らず、ユーザーにとっての価値が明確な領域では既に多くのプレーヤーが存在しています。独自の流通網があるとか、独自のノウハウや技術によって価格破壊を起こせるとか、なんらかの強みがあれば話は別でしょうが、そうでなければ今から参入するのは容易なことではありません。

そうすると多くのスタートアップは、既に多くの競争が起きている領域ではなく、ユーザーのニーズがあるかどうかわからない領域、つまり不確実性の高い領域においてプロダクトやサービスを作ることを選択することになります。(もちろんスタートアップの中の人的にはニーズがあるだろうと信じられる領域であることは述べるまでもないですが)

ニーズや課題が明確状態からスタートして「どう解決してあげたらユーザーは嬉しいだろうか?」「どんな製品を作ったら売れるだろうか?」と考えるのではなく「ユーザーはきっとこういう課題やニーズを抱えていて、こんなソリューションに価値を感じるだろう?」と解くべき問題とその解決方法をセットで考えてプロダクトやサービスを作らなければなりません。問題を正しく解決することだけでも実際には簡単ではないのに、問題を適切に定義しなければならない。説明するまでもないですが、これは大変難しいことです。

ユーザーにとって価値のあるものを作るため、つまり問題を適切に定義したり、問題解決方法を評価するためにはデザインリサーチやUXリサーチといった手法が有効であることは述べるまでもありませんが、私の立場でこの点について強く説明するとポジショントークっぽくなってしまうので本稿では割愛します。興味のある方はぜひデザインリサーチの教科書を読んでいただけると嬉しいです。

不確実性と向き合う方法

このような状況で新しいプロダクトやサービスを創出する方法として、多くの現場においてデザイン思考、スクラム、アジャイル、あるいはリーンスタートアップなどのプロダクト創出/開発手法が浸透しつつあります。それぞれの手法の詳細について本項で説明することはしませんが、これらの手法について学ばれたことのある方は、それぞれの手法の根底にある共通する考え方の存在に気が付かれたのではないでしょうか。

これらの手法に共通する考え方とは(1)妄想でプロダクトやサービスを作るのではなく実際のユーザーに話を聞いて、ユーザーに必要とされるものを作ろう。(2)最後まで作り込んでからユーザーに提供するのではなく、早い段階でユーザーを巻き込みプロトタイプを使ってもらい価値を検証しながら少しずつプロダクトを開発しよう、のようなものです。

新しいプロダクトやサービスを作る際の一番大きなリスクは、せっかく大きなリソースを注ぎ込んで作ったものがユーザーに必要とされないことです。ユーザがプロダクトに価値を感じ、お金を払ってでも使いたいと感じてもらわなければプロダクトが持続可能ではあるとは言えません。持続可能でないアイデアやコンセプトはプロジェクトとしては成立するかもしれませんが、プロダクトやサービスとして成立しません。

実際のユーザーがどのように行動しているかを理解し、早い段階からプロダクトを触ってもらいユーザーのフィードバックを集める。そして必要であれば軌道修正していく。このようなプロセスでものづくりをすることで、ユーザーにとって価値のない製品を作ってしまうリスクと、そのために必要なコスト(時間や費用など)を最小にすることが可能になると考えられています。

適切な名前がないアレをなんと呼ぶか?

新規事業創出の難しさ、そしてそこに対するアプローチとしてデザイン思考、リーン、アジャイル、スクラムなどのプロダクト開発手法が活用されている。これらはユーザーを巻き込み、価値を確かめながら少しずつ作ることによって不確実性に立ち向かう方法である、と説明しました。では「そうじゃない方法」をなんと呼べばいいのでしょうか?

つまり、ユーザーはきっとこんな人だ。こんな人たちはきっとこんなものが欲しがるだろう。こんなプロダクトチームの中の人の妄想でプロダクトを企画して開発し、細部まで完成度を高めた段階でリリースする方法です。

市場性の調査ぐらいはするかもしれませんし、企業によってはステージゲートやらを突破する必要はあるかもしれません。しかし、想定顧客に対するインタビューは実施しません。プレスリリースを打っていない段階でコンセプトが漏洩することを恐れ、コンセプトそのものの受容性について想定ユーザーに確認などは一切行いません。

リリース後のバージョンアップでも同様のスタイルを取ることが散見されます。少しずつ機能を加えて高い頻度でアップデートするのではなく、さまざまな新機能や改善を詰め込んだアップデートを低い頻度で提供するのです。

このようなプロダクトやサービスの作り方について「あるあるだよね」と多くの人が感じるところです。しかし、この手法をなんと呼ぶか?と言われると難しいのです。みんな頭の中では「これは良くない方法だ」と思っているのに、ちょうどいい呼び方が浸透していません。

「ウォーターフォール的な・・・」なんて言ったりすることはあるものの、ウォーターフォールはあくまでもソフトウェア開発の作り方の話です。たしかにプロダクトが完成してからリリースするという点では同じですが、企画の段階で想定ユーザーにインタビューすることもあるでしょうし、さまざまな価値検証プロセスが走ることを否定しているわけではありません。

それにそもそもの話として、ウォーターフォールは悪いものとして扱われがちですが必ずしも常にそうだとは限りません。ウォーターフォールでプロダクトやサービスを作ることが適切な現場もありますし、ウォーターフォールでしか作れないものもあります。

そこで「ビッグバン(アプローチ)」ってどうですか?と提案したところ「それはいいね」となったのでした。

「ビッグバン」はどこからきたのか

当然のことながら「ビッグバン」という呼称は、私のオリジナルではありません。広く普及しているとは言い難いようですが海外のカンファレンスを聴講した時にBig Bang(ビッグバン)のような表現を使っていることがあり、それいいなと思っていたことがあります。また、主に海外のブログ(mediumなど)でも、プロダクトマネジメントやデザイン系の記事で表現を見かけることが稀にあります。似たような意味でビッグバンアプローチ、ビッグバンデリバリー、ビッグバンリリースと呼ばれているケースもあるようです。

私は宇宙理論については専門ではないのですがビッグバンは宇宙開始時の爆発的膨張を示す言葉です。内部に秘められたエネルギーが何らかのタイミングで一気に解き放たれ、そしてそれは静粛や安定とは程遠く、カオスな状態をもたらすイメージがあります。

企業の内部でコンセプトを揉みに揉んで、プロダクトやサービスを開発し、ユーザーに受け入れられるかどうかもわからないリスクの高い状態で溜め込んだエネルギーを一気に放出する。これはまさにビッグバンのようでもあるように感じられます。

なお、ソフトウェア開発の世界ではビッグバンデリバリーという言葉が従来より散見されます。厳密な定義はあまりないようですが大きな機能追加や、変更量の大きなリリースのことをビッグバンリリース、あるいはビッグバンデリバリーと呼ぶことがあります。また、CI/CDやDevOpsの文脈で継続的デリバリーの対義語としてビッグバンデリバリーという言葉を使うこともあるようです。

いずれにしても「ビッグバン」は避けるべきもの、良くないものとして扱われており、プロダクトやサービス開発のアプローチを指し示す名前として悪くないのではないかと思っています。

おわりに:現象に名前をつける、ということ。

現象、あるいは物事に名前をつけるということには大きな意味があることだと思っています。名前をつけることで事象や考え方がパッケージングされ、ひとかたまりの情報として社会に流通させることができ、これによって議論が円滑になる場合があります。

例えばコンピュータサイエンス分野だとGoFのデザインパターンや各種データ構造やアルゴリズムなど、挙げればきりがありません。みんなが経験的に良さそうだなと思って実践していることに対して「Abstract Factory」と名前をつけることによって知識やノウハウが円滑に流通するようになるのです。

「分割統治法(divide-and-conquer method)」なども同様でしょう。このアルゴリズムは大きな問題を小さな問題に分割して解決を図ること。言われてみればこんなの当然のことなんだけど、あえて名前をつけることで必要な部分にフォーカスできるのだと思います。

デザイン分野では「UXデザイン」や「サービスデザイン」、「人間中心設計」も簡単に言えば「使う人のことをちゃんと考えてプロダクトを作りましょう」でしかないのだけど、それを知識やプロセスとしてパッケージングして、誰もが実践可能な形で流通させるには名前が必要だったのだろうと考えています。

と、ここまで書いておきながら、私個人としてはビッグバンという呼び方に強くこだわるわけではありません。とはいえ適切ではないプロセスについて何らかの広く共有できる呼び方があると、議論が促進され、より良いプロセスへの移行が進むのではないかと思っております。

こんなふうに呼んだらどうだろうか?うちではこんなふうに呼んでいる。のようなアイデアや情報があれば教えていただけるととても嬉しいです。

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