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パリ逍遥遊 修道院の拡大とブドウの北限

キリスト教とワイン醸造などの農業技術は密接に関連する。
パンはキリストの体であり、ワインは血だ。宗教儀式で使われるこれら飲食物の製造技術は、修道院の発展とともにフランス全土に伝わっていった。

そもそもブドウ及びワインをフランスに持ち込んだのは、古代ローマ人と言われている。ロマネ・ コンティ、エシュゾー、ラ・ターシュなどグラン・クリュ(特級格付け畑)を多く有するボーヌ・ ロマネ村、村名にもなっている「ロマネ」は「古代ローマ人の」という意味で、ここからも古代 ローマ人の当地への貢献が伺える。

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その後、フランスに本格的にワイン及びその醸造技術を持ち込んだのは修道士である。特に、ブルゴーニュ地方に一大勢力を築き上げたクリュニー修道会と、そこから派生したシトー修道会は、フランスをワイン大国にした立役者と言っても過言ではないだろう。

クリュニー修道会はイタリアで誕生したベネディクト修道会に端を発し、ブルゴーニュ地方南部の マコン(シャルドネを中心として白ワインの生産が主流)にあるクリュニーの地に拠点を置く。修道士は黒い僧衣を纏っており、映画などで登場する修道士のイメージはクリュニー派の修道士であろう。
クリュニー修道会は勢力を拡大するにつれ、豪華絢爛な生活へとかわり、建築も多くの装飾を好み、音楽や芸術へも参入してゆく。まるで王宮のようだ。クリュニー修道院の第三教会堂を呼ばれた聖堂は、長さが約190mの大型教会で、バチカンのサン・ピエトロ大聖堂が17世紀に完成するまではヨーロッパ最大の教会であった。ブルゴーニュ南部の格付け畑の整備・発展は、そんなクリュニー派の活動に依るところが大きい。

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一方、シトー修道会は、クリュニー派の豪華絢爛な生活に異議を唱える修道士たちから構成され、キリスト教修道院と修道士の規範である「聖ベネディクトの戒律」への再回帰を求める派閥である。クリュニー派とは異なり、白い僧衣を纏っている。ブルゴーニュ地方中部のディジョンにある シトーの地に拠点を置き、祈祷と清貧、倹約と労働、厳格で禁欲的な規範を是とする。なお、当 時のディジョン界隈は葦が群生している地域であり、葦を意味するCiteauxからシトー派と呼ばれるようになった。

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特に、クレルヴォーのベルナール(後の聖ベルナール)がシトー修道会に入会してから勢力を拡大する。直接設立したトロワフォンテーヌ、クレルヴォー、フォワニ、そして1981年に世界遺産 に登録されたフォントネー修道院を始め、ヨーロッパ各地に約100の修道院建設に携わったと言われる。この聖ベルナール、ブルゴーニュ、シャンパーニュ、そしてベルギーでは、お酒の神様 といった感じで扱われており、以前紹介したシャンパーニュ・ドラピエのサロンでは聖ベルナールの肖像画が祀られており、ベルギーでは、セント・ベルナルデュス(聖ベルナールのオランダ語読み)なる名前のベルギービールまである。
さらに、ダンテの神曲では、天国のうち最上部、神の領域である至高天の案内者として登場している。

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さて、宗教の講義は専門書に譲るとして、シトー派が寒い北部へと勢力を広めてゆくと一つ困ったことが起きるのは想像に難くない。というのは、ブドウはもともとイスラエル周辺を起源とするツル性の植物である為に寒さに弱く、北に移動すればするほど、ブドウの北限(栽培できる北の限界点)が迫ってくるのだ。

シトー派及びクリュニー派の起源であるベネディクト派は、イタリアにあるためブドウ栽培において気候的に何の問題もない。これが、ブルゴーニュ地方ぐらいに来ると、そこそこ寒いためブドウ 品種を選択する必要がある。長年の試行錯誤の結果選択されたのが、白ブドウ品種のシャルドネ と赤ブドウ品種のピノ・ノワールである。

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シャルドネは、比較的ニュートラルで強い個性を持たない。そのため、ブルゴーニュ北部のシャブ リといった寒冷な気候で育てると、火打ち石を思わせるミネラル感な味を醸し出す。一方、ブルゴー ニュ南部のモンラッシェ、ムルソーなどで育てると、ハチミツ、クルミ、濃い白花といった骨格の しっかりとした香り・味わいを生み出す。また、ブルゴーニュ地方で育てられたピノ・ノワールは、 腐葉土(英語だとEarthy)と表現される、何とも陰湿かつ高貴な味わいのするワインが生まれ、 それが前述のロマネ・コンティやボーヌ・ロマネといった、いかにも「ブルゴーニュの赤」と言った味わいを生み出す。ブルゴーニュでは、まだブドウは祝福されている。

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もう少し北部に行き、シャンパーニュ地方になると、なかなか赤ブドウが育たなくなる。その昔、 ワインは薬としても飲まれていたらしく、ルイ14世が病気の際に、シャンパーニュ地方の赤ワイ ン(非発泡性の普通のワイン)を飲んでも効き目がなく、試しにブルゴーニュの赤ワインを飲んだ ら回復したので、シャンパーニュの赤ワインは凋落した(代わりに、ブルゴーニュの赤が有名になり、今日に至る)と言われるほどだ。 しかし、シャンパーニュ地方では、同じく修道士のドン・ペリニョンが発明したシャンパーニュ製 法により、シャンパーニュ地方のワインも泡によりその名声を高める。シャンパーニュ地方でも、 まだブドウは祝福されたわけだ。

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さて、さらに北部に行き、ベルギーとなると、もはや白ブドウも育たなくなる。筆者は、以前、 ベルギーに住んでいたことがあるのだが、夏のひと時を除くと基本的に寒く、真冬はマイナス10 °Cぐらいになる。 それでも、ワインは宗教儀式に必要。ブドウは育たないが小麦は育つため、ベルギーのシトー修 道会一派である厳律シトー会(トラピスト)修道院では、如何に「小麦から赤ワイン(っぽい酒) を醸造するか」がテーマとなる。そのようにして生まれたのが、ベルギーが誇るベルギービール、 特に、トラピスト修道院で醸造されるトラピスト・ビールという種類のビールだ。

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ブルゴーニュの赤と同じくEarthyで、アルコール度数が10%前後、ダークブラウンの色など、赤ワインに似ているといえば似ている。しかも、トラピスト・ビールの一種である「ウェストフレテレン」は、2013年には世界のビールファンが注目する米国ビール評価サイトratebeerで世界No.1ビールに輝いた(色々な意味で)由緒正しきビールである。このウェスト フレテレン、修道院の近くにある醸造所から酵母を寄進してもらい醸造されたのだが、この醸造所こそがセント・ベルナルデュス醸造所である。聖ベルナールの精神が巡り巡ってベルギーの地でビールとなったのだ。

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