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野球と「矜持」

主人公の可南子は仙台で新聞販売店を営む両親のところに8歳の息子を預け、東京の新聞社で働くシングルマザーです。
彼女は息子、考太の父親が誰であるかを誰にも、自分の息子にさえも明かしません。

可南子は取材先で戦力外通知を宣告されてトライアウトを受けようとしている投手の深澤に出会います。彼は元甲子園球児であり、記者一年目の可南子が彼を取材していたことを思い出します。ある時、甲子園球場の守衛のはからいで深澤と可南子が並んで試合開始のサイレンを聞くシーンがあります。

「深澤は目を閉じていた。サイレンの音が小さくなり、やがて消えてしまうまで、深澤は目を開かなかった。」

どちらかと言えば傲慢な深澤の思いがよく表れている一文です。

個人的に白眉だと思う場面があります。孝太が同級生とトラブルになり、その同級生が怪我をします。それは野球少年である孝太と彼の父親のプライドにも関わることでした。丸く収めようとする可南子に父の謙二は言います。

「面倒なことになってもいいじゃないか、おまえに孝太の気持ちがわかるのか」と。思わず快哉を叫びました。これは損得ではなく、矜持の問題なのです。

「辛い時はその場でぐっと踏ん張るんだ。そうしたら必ずチャンスはくる。チャンスがこない人は辛い時に逃げる人なんだ」

「一流になるのに必要なのは、思い込みと努力だ」

これらの言葉は作家を志し、見聞を広げるために新聞社を辞めてタンザニアの大学に留学し、帰国してからも文学学校で学んだという著者の姿勢と重なります。

僕は野球は無知なのですが、本書を読んでいる時に良い本だなあ、と何度も思ったのです。

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