無題55

ミズタマリ 1-5

「秘密?」

香がアキラの言葉を聞いて、もう一度、木箱の上の杯をまじまじと、見た。

「いや、秘密って言うか、言い伝え… うーん、あの、迷信だよ。」

カイトが、真剣な香の顔に、気まずくなって答える。

「迷信? そんな事ないだろ、実際一人は確実に行ってるんだからさ、」

アキラがカイトの言葉を否定するように、ピシャリと言った。

「いったい… どういう事なの?」

香がアキラとカイト、どちらの顔も交互に見ながら聞く。

「あの… 」

「それがさ、良く聞けよ、凄げえんだぜ! 
ほら、ここ、ここに、切り抜いた古い新聞の記事があるだろ!」

カイトは何か言いかけたが、それを上回る勢いでアキラが話し出した。
手には、杯の箱といっしょに風呂敷で包んであった、 古いノートを、ギュッと掴んでいる。

「ほら、この記事読んでみろよ、読み辛いけど、何とか読めるだろ、 この記事によると、カイトの大叔父さんって人がさ、 大正時代に、この茶碗、いや新聞には杯って書いてあるけど、 まあ、この杯のある、締め切った蔵から、突然消えたんだ。」

アキラは眼を輝かして、ノートに貼られた古い新聞を指差している。

「消えたって… 何処かへ失踪とかしたんじゃないの?」

香はアキラの勢いに押されながらも、そう言った。

「いや、その蔵は、窓には鉄格子、出入り口には厚い扉、 そして、内側から太い木の閂がかかっていて、頑丈だったんだ。 外からは、鍵があっても、どこかを壊さなきゃ入れないんだ。 『実際、家人が気配がしないからと何度も呼びかけた後、 どうにかして扉を開けようとしたが、ままならず。 仕方なく、はしごを窓にかけ、鉄格子を一本ずつ切って入った』と、 この記事には書いてあるだろ。」

アキラは楽しそうにそうに笑って、香にその記事を見せる。

「アキラくん、そういう不思議な話、昔から好きだもんね。」

香は微笑んで、それだけ言った。
…まったく、男の子って… そう思っている顔だった。

「それでさ、そのカイトの大叔父さん、名前は輝也っていうんだけど、 その人の弟、それがカイトのじいちゃんでさ、 その人がこのノートを、蔵の中で見つけて、読んだんだ。 それから色々考えて、この記事もノートに貼って、隠してたらしい。 茶色い杯といっしょに、ずっと死ぬまで隠してたんだ。」

アキラは取り憑かれたような顔をして、古いノートを振り回す。

カイトは少し後悔をしていた。

一ヶ月前の夏休み中。

アキラは、カイトの家で、一緒にテレビを見ていた。
三流のホラー、それで話題が夏のお決まりの怪談になった。
いつの間にか、交互に今まで聞いた怪談を話すことになって、 カイトは、ふと思いついて、あの杯の話をアキラに聞かせた。

その話を聞いたアキラは、どうしても実物が見たいと言い出し。
実物を見せると、しげしげとそれを眺め、指でそっと触り。
それと一緒にあった古いノートも、食い入るように読んでいた。

「なあ、カイト、これって、凄い話だな!」

ざっとノートを読んだアキラが興奮して言った。

「まあね、でも、それは、いなくなった人の空想だし、 じいちゃんも思い出として、とっておいたんだと思うよ。 だってそのノートに書いてあることは、信じられないだろ?」

「いや、カイト、やってみなきゃ、やってみようぜ!」

やんわり否定するカイトに反して、 アキラは、真剣な顔で、カイトを見て、そして杯を見た。

その時の顔が、アキラの目の輝きが、何となく恐くて、 カイトは返事もせず、杯とノートをそそくさとしまった。
もっと見たいと言われたが、丁度母が帰ってくる時刻で、 その時は、アキラはそれ以上言わなかった。

それから、何度も冗談と言う感じで、杯を見せろと言われたが、カイトは、大切な物だからと、軽く断っていた。
別に高価なものではなさそうで、家でも押入れに入れてあるだけ、形見分けだから、壊さないのなら、見せてもいいのだが、 ふと思い出した、あの時のアキラの目つきが何だか嫌で、断っていた。

…あれからずっと、アキラは、
杯とノートの事を考えていたのかもしれない…

今日も、この家に入ったときから、 どうにかしてもう一度見ようと、思っていたのかもしれない。

自分が何だか、香を餌に騙されたようで、カイトは面白くなかった。