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東京語#02/はじめに02

朝鮮戦争とベトナム戦争の軍事特需で訪れた高度成長時代、東京は猛烈な勢いで姿を変えた。同時に多くの東京人が住まいを郊外へ移した。70年代80年代の東京は拡大/拡散の時代だった。かなり多くの東京人が埼玉・千葉・神奈川へ移り住んだ。あの時期から半世紀が経ったいま、その人々/その子ら/孫たちは、自分を「私は埼玉人/千葉人/神奈川人」と思っているだろうか?行政的にはその通りで、その土地の小中学校へ通ったかもしれないが・・意識的にはどうだろうか?
僕は、東京人のまま・・なのではないか?と思う。どうでしょう?むしろ首都圏近郊都市に暮らす人々に聞きたい。あなたは東京人ですか?
もしかすると・・はい東京人です!と、はっきり言い切るのは移住第一世代だけかもしれない。第二世代/第三世代は言い淀むかもしれない。しかし「あなたは首都圏人ですか?」と聞き直したとすれば、きっとはっきりと「はい!首都圏人です」と応えるだろう。
行政区分を越えて拡散化した"東京人"は50年の時を経て、いま新しいフェーズ"首都圏人"に有るように感じてしまうのです。
僕はこの"首都圏人"という言葉が好きだ。Metropolitae populo・・良い響きだと思う。古代ローマの匂いがする。ローマもラテン人の街ではなかった。ドーナツ化現象を起こすとともに他地方のから市内への移住が絶え間なく続き、街は大きくなると共に、逆に街の中で醸し出された文化がスタンダードとして各地へ拡がって行ったのだ。同じ現象がいま日本でも起きているように僕は感じる。
その中で最も典型的なのは「言語」だろう。
何故そんな風に思うかというと・・
今世紀に入って、東京首都圏における所謂「首都圏方言」ともいうべき地方共通語が、全国共通語の中へ浸食つつある。そんな印象があるからだ。
んん。浸食という言い方は良くないかな。重なりつつある・・というべきかな

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勝鬨美樹/銀座グランブルー

無くてもいいような話ばかりなんですが・・知ってると少しはタメになるようなことを綴ってみました

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1951年生まれです。そろそろ70の声をきく年になってしまいました。このnoteではワインを巡る歴史話。僕が子供の頃の東京下町のこと。青春時代に歩いた米軍キャンプとNYCの話。銀座グランブルーのこと。そして日々徒然に書き散らしたものなどを並べています。