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東京語#01/はじめに・東京ってどのあたりまでが東京なの?

少年時代。隅田川の向こうでは「おめぇ、土地のもンじゃねぇな」という切り口上が厳然と生きていた。今思うと、これは佃・月島・深川が「東京の田舎」の証左なんですよ。同じ地祁の許に在る者しか仲間として認めない頑な態度に、安寧は有っても発展はないのです。そのことを心の中に置きたい。
都市の底力は、様々な地域から様々な人々が集まって街を形作っていることから生まれている。中央都市と地方都市の決定的な差は、その出身地超多重構造に有ると僕は思う。
パリもロンドンもNYCもメトロポリスは各々気風や個性を持ちながらも、どこか似通っているのは、その"街"を司っている人々が、実は無数の地祁の許に生まれ育った者の集合体だからではないか?そんな風に思ってしまう。パリもロンドンもNYCも、いわゆる中央都市は、その街で生まれ育った子の街ではない。だからメトロポリスなんだ・・と。それに気付くと、街の景色が違って見えると思いませんか?どうでしょう?
ところがですね。だからこそ東京生まれの東京育ちは、東京の方言に敏感です。言葉の端々にそれを目ざとく見つけます。ちょっとそんな話をしたいと思います。
ではでは。大上段に・・東京ってどこまでが東京ですか?から始めましよう。
ブリタニカ国際大百科事典には、こう書かれています。
「日本の首都。本州のほぼ中央,関東地方の南西部に位置する。東西に細長い都域を占め,埼玉県,千葉県,神奈川県,山梨県に囲まれ,南東部は東京湾に面する。 23特別区,26市,1郡 (西多摩) ,4支庁 (大島,三宅,八丈,小笠原) から成り,郡,支庁内に5町8村がある。
千代田区丸の内にあった都庁は,1991年新宿区西新宿に移転。長禄1 (1457) 年太田道灌が江戸城を築城,天正 18 (1590) 年徳川家康が入府してから急速に発展,江戸時代を通じて日本における武家政治の中心地となった。明治1 (1868) 年新政府が成立し,2年の明治天皇の再度の東京入り以後首都としての実をそなえはじめた。現在は世界最大級の人口をもち,ニューヨーク,ロンドン,パリ,シャンハイ (上海) などと並ぶ国際的大都市に成長している。
中央の諸官庁をはじめとする行政機関や金融機関,大企業の本社などが集中。新聞,放送,出版などの文化面,大学,研究機関などの教育・学術面でも日本の中枢をなしている。交通面でも全国の鉄道網,道路網,航空路の一大中心となっている。
西部は関東山地に属し,西端に都内の最高峰,雲取山 (2017m) がそびえ,山岳地一帯は秩父多摩甲斐国立公園に属する。中央部は多摩,狭山の丘陵,武蔵野台地で都心部の衛星都市が多く,大規模な多摩ニュータウンをはじめ,多くの団地が建設,大学も移転進出している。明治の森高尾国定公園および6つの都立自然公園 (滝山,高尾陣場,多摩丘陵,狭山,羽村草花丘陵,秋川丘陵) がある。太平洋上の伊豆,小笠原の諸島はそれぞれ富士箱根伊豆国立公園,小笠原国立公園に属している。江戸の里神楽は重要無形民俗文化財。」
東京都のページには以下の東京の地図がある。
https://www.metro.tokyo.lg.jp/.../pro.../documents/04_06.pdf
これが東京だ。
東京だ?ほんとかよ。
なるほど。行政的な東京都と心情的な東京の間には、かなり大きなずれがあるな。
東京都の地図を見ながらそう思った。

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勝鬨美樹/銀座グランブルー

無くてもいいような話ばかりなんですが・・知ってると少しはタメになるようなことを綴ってみました

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1951年生まれです。そろそろ70の声をきく年になってしまいました。このnoteではワインを巡る歴史話。僕が子供の頃の東京下町のこと。青春時代に歩いた米軍キャンプとNYCの話。銀座グランブルーのこと。そして日々徒然に書き散らしたものなどを並べています。