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小説特殊慰安施設協会#47/暗転

1946年1月6日。GHQから戻った警視庁・高乗課長は、すぐさまR.A.A.の宮沢理事長を呼ぶように手配した。宮沢理事長はその日の夜遅く、高乗課長の許へ来た。いつもは必ず誰かを伴っている宮本だが、その夜は独りだった。
「本日GHQから、国内の慰安施設は全て廃業準備をするようにという指令を受けた。正式には明日、書類で通達される。」
宮沢理事長は来るべきものが来たと思った。高乗課長は、動じない宮沢理事長の態度に驚いた。
R.A.A.は、年末に新しい店を4軒出したばかりのはずだ。高乗課長は、それが高官向けと称しながら買い取ることだけが目的の料亭だったことには気付いていなかった。
「しかし、廃業すべきは慰安施設だけだ。他の施設についてはそのまま通常営業を続けてほしい。」
「了解しました。ありがとうございます。」
「高官向けの料亭も、そのまま営業を続けてよろしい。」
「はい。」
「したがってその席にダンサーを呼ぶことも接待婦を呼ぶことも、従前通りでよろしい。」
「はい。」ようするに最初からザル法だということか・・宮沢はそう思った。
「もうひとつ。連絡が有る。」
「はい?」
「明後日1月15日に、銀行から二回目の融資が実行される。これをもってすべての慰安施設の廃業準備を開始してくれたまえ。」
「了解しました。」宮沢理事長は深々と頭を下げた。
300万円は15日、朝一番に第一勧銀行にあるR.A.A.の口座へ振り込まれた。その振り込みについて宮沢理事長は経理に緘口令を敷いた。役員以外は誰も知らないようにした。しかし、キャバレー・オアシス開店以来ほとんど事務所には顔を見せなくなっていた林譲には、宮沢自身が伝えた。
「そうですか。いい機会ですから、私は正式に辞職させていただきます。」林譲は宮沢に言った。宮沢は慌てた。
「待ってくれ、これからこそ君の出番ではないか?キャバレー部は君の双肩に乗っている。君に頑張ってもらわなければ、とうていやって行けない。」
「いえ、通訳の出来る人間も、ここひと月で随分と増えました。キャバレーのほうも新しい管理者が入ってきています。寮もです。もう私の出番はない。」
林は言いたかった。彼を慕ってR.A.A.へ参加してくれたスタッフの大半は、オアシス開店後、林譲の足が遠のくと、高松が何かと難癖をつけて片っ端に解雇したのだ。いま在職しているキャバレー部の人間は、そのあと高松が雇用した者ばかりになっていた。それも高松は気に入らないと、すぐさま解雇した。R.A.A.内部は戦々恐々としながら働く者だけになっていたのだ。
高松天皇・・社員たちは陰で高松慰安部長をそう呼んでいた。
まさに絡み手で高松は、林譲の居場所を奪っている。そのことは宮沢理事長も判っていた。
「それに最近は大竹副理事長も、よく来社されるようになった。大竹さんは自分の舎弟に仕事を回したがっています。きっとその人たちの中に、私の椅子に相応しい人物がいるのではないでしょうか?」そこまで言われると、宮沢は黙るしかなかった。
確かに、大竹は頻繁に事務所に顔を見せるようになった。来社するときは何時も何人かの舎弟を連れて乗り込んできた。そして応接テーブルにドカッと座ると、経理部長を呼びつけた。そして怒鳴りまくった。
R.A.A.の大きな方向変換は、年明けから徐々に見えるものへ変わり始めていた。


無くてもいいような話ばかりなんですが・・知ってると少しはタメになるようなことを綴ってみました