カリブ海/象徴としてのサンマルタン島04-奉ろわぬ者だけが生き残った
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カリブ海/象徴としてのサンマルタン島04-奉ろわぬ者だけが生き残った

コロンブスは大西洋の西の奥に島嶼を発見した。しかしそこは予想していた黄金の島ではなかった。彼は、彼のスポンサーにまともな釈明できなかった。なので二回目の航海は、黄金を手に入れるため、大量の人間を連れて出帆している。サンマルタン島(セントマーチン島)は、そのときに発見した島だ。

ところが最初に発見したサンセバスチャン島に到着してみると(サンマルタン島ではない)前回の時に作っておいた城塞は焼き落ちて、残った部下たちは全員殺されていた。インディアンは従順なはずなのに?
「お前の家を襲ったのはカリブ族である。」通訳として使っていたアラワク族の若者が言った。そして「カリブ族は、村を襲い、女をさらった後、男と子供を焼いて食べる。」と説明した。
「お前の部下も、全員カリブ族に食われたにちがいない。」と。。
このカリブ族=食人の噂は、カリブのコンキスタドール(征服者)たちに衝撃を与えると共に、根深く話として残った。

食人を指すカンニバリズム(cannibalism)という単語は、カリブのコンキスタドール(征服者)たちが作った造語である。カリブ族(Cannibal)から来ている。
しかしカリブ族が食人したという痕跡は、これまで一度も見つかっていない。たしかにカリブ族はアラワク族の村を襲い、村の男たち・子供たちは全員殺して、女を奪い、食物を奪ったが、食人の習慣はなかった。

それでも勇猛な一族だったことは間違いなく、アラワク族らがコロンブスたちコンキスタドールに唯々諾々と従い、最後は絶滅まで追い込まれたのに対して、カリブ族は奉ろわぬまま20世紀になるまで戦い続けている。結局のところ、戦う者だけが生き残ったわけだ。
しかし、最後には政府の居留地政策を受け入れている。もちろんその地はお約束通りマンジョーカも植えられないほどの荒れ地で、尚且つ切り立った崖だったため漁労も不可能なところだった。現在でもカリブ族の居留地はある。如何ほど苛酷な土地だったか・・いま貴方は訪ねることが可能です。

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勝鬨美樹/銀座グランブルー

無くてもいいような話ばかりなんですが・・知ってると少しはタメになるようなことを綴ってみました

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1951年生まれです。ついに70の声をきく年になってしまいました。このnoteではワインを巡る歴史話。僕が子供の頃の東京下町のこと。青春時代に歩いた米軍キャンプとNYCの話。銀座グランブルーのこと。そして日々徒然に書き散らしたものなどを並べています。