それでも私は幸せだったと知っていてね

太陽の光がどんどん遠ざかっていく。静かにゆっくりと暗闇に深く沈んでいく。どこでもないどこか、初めてのはずなのに懐かしく感じる。羊水に浮かんでいるような安心感。

白く薄い生地のワンピースにたくさんの血が付いている。これは私のではない。
溶け合ってくっ付いてしまいそうなほど大事に抱きかかえた人が、深傷を負い、人間とは思えない皮膚をしていることに気付く。そうか、これはあなたの血だったのね。あなたにとってこの羊水に似た場所は、毒なのね。

光の見える方からしゃがれたおじいさんの声が聞こえる。お前にそんな覚悟はない、そいつの外見が人から遠ざかっていってるのが見えないのか、離れる時が来たのだ、と。あらゆる言葉であなたから手を離し暗闇に沈め、私がひとり太陽のある方へ戻ってくるように誘おうとしている。

「そいつが何者かわかっているのか」
さっきよりも大きな声で、はっきりと聞こえた。私はあなたをより一層強く抱きしめた。こうしている間にも、肌はただれ、硬くなり、膿が出て、背中には3センチほどの肉芽がボコボコと作られ、醜くなってきている。だから、肉塊のようになりつつあるあなたに私の最後を預けることにした。
「醜くても、私はあなたがいい。あなたが良い」
私があなたを選んだの。こんなところまで付いてきたのも私の意思よ。姿形が変わってもあなたであることは変わらない。私が、あなたが良いの。

しゃがれ声のおじいさんの憤怒が伝わってきた。

あなたはもう息もしていないし、温度も感じられない。皮膚がボコボコと水泡ができ肉芽ができ膿があふれていく様子を眺めながらさらに沈んでいく。
底についたのだろうか、私も一緒にここで終われるんだね。目を閉じた瞬間、腕の中にいたあなたが、霧のようにスルリとなくなってしまった。

全てを理解する。
あなたはここへ来たときには既に息をしていなかった、動かなかった、私の声は聞こえてなかったんだ。

私の腕に、小さなただれが現れる


ああ、そうか、あなたは最初から、最初から、

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