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古代美術商としてのクレッセントハウス 〜西洋古美術の魅力〜 <後編>

前編

中編


次に、このケースの中が今のペルセポリスなどにつながった時代で、こっちの半分にあるのがスキタイ芸術と言って、イランの北部から南ロシア、中国の北の方までにかけたいわゆる騎馬民族のものです。

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これは西北イランのアゼルバイジャンから、この銅製打ち出しの動物が40個ばかり飾りに打ち付けられた大きな棺が出てきて、その棺の中に骨と一緒にこの首飾りが出土したのです。これは350瓦ある純金です。

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Q じゃあ、王侯貴族のお棺ですね。

石黒 おそらくそうですね。それからあの下は、ベルトに縫い付けたと思われる金のトナカイ形飾り金具ですけれども、4個ばかり出てきて、そのうち2個が日本に来ました。つまり騎馬民族ですから、財産をできるだけ体につけて動き回れる様に考えているわけでしょう。

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前にお話しした三彩銅器の源流と思われるアジアで一番古い彩釉銅器がこの辺に並んでいるものです。ジヴィエというところから出てくる、いわゆるアッシリア銅器と称するもので、黄色と水色を色分けするために土手を作っているわけです。アゼルバイジャンが、ペルシャの西北部地方から出てくる釉薬陶器がありますが、色分けのための土手を作らないんです。

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今考えられているところではこんな2種類のものがあって、そう言ったものがだんだん三彩のアイディアになってくるんだと思えます。こう言った陶器は、紀元前千年に近い、中国で言えば周の時代にこういう釉薬の陶器ができているわけですね。それからこっちがわのケースがさらに古いイランの先史時代で、前千年から前4千円の間です。

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Q 古代イランで世界的に有名な芸術家というと、どういう人がいますか

石黒 それは古代からイラン独特の美術作品を残した大建築家、彫刻家、陶工等数多くいたに違いないのですが、現在。作家の名前がわかっているのは中世以降で、イランの中世には、フェルドシーの様な有名な詩人だとか、その他画家や文学者だとか、それは大変な人たちが出ていますよ。

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それからこれは、ギリシャのアルカイク時代のもので、前6世紀頃の初期彫刻ですね。このアルカイクの大理石彫刻というものは非常に少ないもので、前から欲しい欲しいと思って、二十年がかりでやっと2、3年前にこれを手に入れました。これは、静止の状態から左足を踏み出して動き出すところです。

Q この彫刻があのヴィーナスにつながって行くのは素人でも分かる様な気がします。

石黒 このアルカイク彫刻がクラシックという時代につながって、クラシックというのは、パルテノンの宮殿なんかの頃ですね。そういうものがヘレニズムという、ミロのヴィーナスなんかになって、それからローマに入ってゆくわけで、それの一番最初ですね。そしてこれらの初期よりも、もう一つ前のものがそこにあるキクラデス彫刻という、エーゲ海の島々で作られた人像彫刻です。大体紀元前2500年頃のものですが、近代彫刻と思われるくらい近代的なもので、帰って20世紀の彫刻家が多分に影響を受けているわけです。

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Q こういう原始彫刻というものが、非常に清々しい素朴なもので、しかも現代より新しさを感じます。

石黒 ですから、このあたりの時代の人間というものは、造形の可能性を山ほど持っているんですね。他からの影響でものを考え出すんじゃなくて、オリジナリティというものの非常に大きな可能性を持っているわけです。そういう意味で、先史時代や、古代というものは、非常に面白いと思います。

例えば今度、上野のメソポタミア展なんかを観ても、最初のうんと古いところは非常に面白い。しかし時代が下がってくるごとにつまらなくなっちゃうんです。ですから、古いものほど面白いうということは、非常に面白いことで、考えさせられる多くのものを持っています。

Q 非常に感銘深いお話しです。現代の芸術家が新しいものを作り出そうと一生懸命作品を創っているわけですが、それはほとんど何千年もの古代人によって既にやられていたという感じすらしてきます。

石黒 それこそもう5千年、8千年前にやられているということです。

Q 科学は進歩するものですけど、思想とか知性、叡智というものは進歩しているとはいい切れませんね。

石黒 このキクラデスの代理石像は、死者を理想する時に墓に一緒に入れてやる偶像ですけれども、古い時代には、なんというか、破壊の儀式という様なものがあったのではないかと言われていて、大抵みんな折れているんです。ですからこれも首と腹が折ってあります。

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それからこのケースが、ギリシャとか、エトルリアですね。この段のものは、ミケナイというギリシャの紀元前200年頃の最も古い形式の彩文土器ですけれども、こう言った様なものから、幾何学模様という、紀元前800年くらいのこんなものになってくるのです。

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この時代のものは埴輪から育ってきている日本人には、非常に共感がもてるわけです。けれども、だんだん黒絵の初期・・・これが黒絵でもって、

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これが赤絵というわけですけれども、

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こういった時代になってくると、だんだん日本人の感覚と離れてくる。

Q しかし、彩色からくるものじゃなくて、造形的な意味での美しさ、そういうものは、すごく惹かれますね。

石黒 この馬はオリンピアですね。

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Q ここからはもう抽象彫刻ですね。良い味になっていますね。

石黒 このケースは一番古いところで、メソポタミアやトルコ、シリアです。この間束博で開かれたメソポタミア展にも並んでいた様なもので、紀元前3千2百年頃からのものですが、こっちがシュメールと言って紀元前2千5百年頃の女人像の頭部です。

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この小さな円筒形のものは前3千年くらいの印章、つまりはんこです。シリンダーシールと言いますが、転がして石膏で型に取るとこうなるんです。これはうちで作ったものです。

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コレクションというものは、こういう箱が例え一つであっても、自分に思想があれば立派なものができると思うんです。例えばシールだけ一つ集めてみようと思えば、これだけの箱があれば、世界的なコレクションができるわけです。

 最後に、日本にもこの分野の本格的な美術館が一つでも良いから誕生して欲しいし、また個人的にも素晴らしい蒐集家(コレクター)が生まれることを心から願っています。

(カラー写真 中近東文化センター出版「古く美しきもの」より)

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祖父のお話をまとめていると、日本人と、西洋人とでは美術品を集める感覚がちょっと違う事がよく見えてきます。とくに、ヨーロッパではカジュアルにアートを楽しむ人も多いのに対して、日本では、変にかしこまってしまって、かえって美術品の本来の魅力を生かしきれない見せ方をしてしまうこともあります。これは現代アートに対してもいえることで、とにかく日本人は、良くも悪くも、アートに一線を置いてたいそうなものとして接してしまう癖があるようで、それが、成熟したアートの世界を作りきれずにいる原因となっているのかもしれません。

今年の1月に、パリでの産業展を終えてその足でロンドンに行った時、たまたまアートフェアをやっていたので覗いてみた時、会場の流れや雰囲気も、売買されている桁も違っていて、カジュアルに楽しむアート、資産価値として投資目的に購入するアート、コレクションとしてのアート・・・そのどれもが日本人にはあまり馴染みがないもので、日本で本当の意味でアートが盛り上がっていくのは、とても遠い道のように思えてしまっていたのですが、それは、昔もあまり変わらなかったんだなあということが、見えてきました。

でもそれは、日本人が美術品に対するセンスがないということではなく、本来の日本人のセンスとはなれたところを無理して取り入れようとするのではなく、日本人として、ありのままに好きと思えるものを、少しづつ理解を深めて集めていけばいいということ。

日本で本当に良質な美術館が生まれたらなあと、美術商として常に願って、現代にも、良い目を持った良いコレクターが生まれたらよいなと思っていたのだと思います。



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