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今週から無職になったので、気持ちを書いてみる


3ヶ月間、正社員として働いていた仕事を辞め、
今週から無職となった。

(辞めた当日の心境はこちら↓)


noteでもプライベートでも、いろんな方から「お疲れ様!」と言ってもらえて、たった3ヶ月ではあったけど、お疲れ様だよなぁと自分に対しても思うことができた。

それから数日経った今、正直な気持ちを書いてみたい。


(ちなみに心機一転ということでプロフィール写真を変更した。3月のシンガポール旅行での写真。楽しかったけど暑すぎた。)



①自由と安心感


今の心の中は、正直これが半分くらいを占めている。

私の性格的に、人から何かを決めつけられることがすごく苦手だ。
自分が考えに考えて実行したことが、その考えすら聞かずに否定されることもすごく苦手。対話するのは好きだけど。

実際、今回仕事を辞めるという決断も色々考えてのことなのだが、次が決まっていない状態で退職することについて、「やばいじゃん」とか、「焦ったんだね」とか、「そんなに焦らないで次を決めてからにすれば良かったのに」など、色々言われた。
私の考えは何も共有していないのでそう思われるのも仕方ないのかもしれないが、そうなるに至る過程を知らずにその人の行動を評価・判断、ジャッチするという行動をとることについては、少し危機感を持つべきなのではないかと思ってしまう。
この件に限らず、常に何か決められているような(自らそれを選んでいた可能性はあるが)感覚に身を置き続けることは、私にとってひたすらジェットコースターをのぼり続けているのと同じ心の不安定さを意味していた。仕事を辞めたことで一旦ここから自由になったという感覚はある。

会社の規則を気にする必要がないので、やりたかったことを早速いくつかやった。
と言っても、髪をブリーチなしでできる最大の明るさに染めることと、サロンでネイルをすること。なんだそんなことかと思われるかもしれないが、私にとっては結構ビックイベントだった。
髪は働いているときから染めていたけど、職場の雰囲気に合わせてそこまで明るくはしていなかった。でも、明るい方が気分が上がるし、夏だとなんとなく明るくしたくなる。
ネイルは、入社する前に一度だけしたことがあったけど、本当は日常的にしたかった。これまで学生の頃も、実習だったりバイトだったりでネイルできないことが多く、働いてからもできなかった。やっとできたことでとっても気分が上がる。料理ができないんじゃないかというイメージがあるかもしれないが、ガチガチに固まっているので全然取れる心配はない。さっきも炊き込みご飯を作った。長さも短く生活上の問題もない。指先がキラキラしているだけで1.5倍くらいは機嫌が良くなる。
やりたいことを我慢して働き続けることは自分にはできなかったな、と、小さいけれどやりたかったことをやれた満足感を味わった今、改めて思っている。


ね!


②不安感

そうは言っても、というところで、正直漠然とした不安はある。
この先どうしようかな、と思っている。

平日に家事をしたり自分の好きなことをしたりしていることで、小学1年生の頃、不登校だったときのことを思い出した。

(詳しくはこちら↓)

みんなは学校に行っているのに、なんで自分だけ行けないんだろう、と思っていた。平日に宅配業者が来て「今日は学校お休みなの?」と聞かれ、「えへへ」と人生初の苦笑いをしたのはあの頃かもしれない。

少しだけ、あのときに似た感覚がある。

同世代はみんな働いている、もしくは結婚して子育てしている、あるいはその両立をしている人だっているのに、私は何もしていない。なんでみんなができることが、いつも私にはできないんだろうか。

しばらくゆっくりしようと思っているけど、いつまでもゆっくりしているわけにはいかない。

仕事を辞めた理由として、「やりたいことがなんとなくある」と言っているし、思っている。しかしそれが具体的になっていない。本当になんとなくなのだ。とりあえずお金のために、ネイルOKで髪色自由なバイトを探したほうがいいのかもしれない。


③希望

「なんとなくやりたいこと」について、本当はもっと具体的になってから公表すべきなのかもしれないが、「とりあえず書く」をモットーにしているので、とりあえず現段階の思いを書いてみる。


今回の退職もそうだが、これまでのいろんな経験を踏まえて、私は、自分で自分を素敵だと思える人を増やしたいと思っている。

これまで相談に乗る仕事をしたり、大学院でいろんな人と関わったりする中で、「そのままで大丈夫だよ」とか、「今のこれ、すごく良いよ」とか、そんなメッセージで自然と励ますことが多かったように思う。
それはお世辞でもなんでもなくって、本当にその人は素晴らしいのに、心無い言葉に傷ついていたり、頑張っているのを誰にも認めてもらえなかったりして、「自分はダメなんじゃないか」って思っている人がたくさんいて。私は本心として、「そんな人にあなたの価値は決められないよ!」「今のままで十分だよ!!」ってことを、どうにか伝えていきたいなと思っていた。
その伝え方は、人それぞれ違っていて、人によって刺さる言葉とか、言い方って違うと思っている。この人にはどうやったら伝わるかなーって考えるのがとてもやりがいを感じて楽しかった。相手の話した言葉が頭の中で文字起こしされて、頭の中で蛍光ペンでハイライトして、ここはこう言い換えようとか、質問しようとか、受け入れようとか、色々工夫するのが面白かった。
そして、元気がない状態で入ってきた相談者が、「元気出ました」と言って笑顔で帰っていくのが本当に嬉しかった。
相談に乗る仕事がしたい、って思っていたけど、もはや相談じゃないかもな、と思ったりしていて。求められればアドバイスもするけれど、基本的にただその人を受け止めるってことが興味があるかもなとも思っている。カウンセリングともコーチングともなんとなく違う気がするけど…ただ受け止める存在でありたい、という希望がある。

何から始めたら良いかわからないし、どんな需要があるかもわからないので、とりあえず公式LINEを作ってはみた。(もちろん無料)

感想でも相談でも愚痴でも、もし何かピンとくるものがあれば送ってもらえたら嬉しい。

ただ本来は相談というのは枠を決めないと崩れていってしまうものだと理解している。なので自由な形式で応答するのははじめのうちだけかもしれない。色々やってみて考えます。


記事紹介

実は先日、いろんな人の人生を取材しているいっぺーさんにインタビューをしてもらい、記事にしていただいた🌼

(もう社会福祉士ではなく無職ではあるが…)

たまたまnoteで募集の記事を見つけ、「取材!何それ!されてみたい!」という好奇心から応募させていただき実現した。

とても話しやすく、お話自体が楽しかった。いっペーさんの質問力によってべらべらと自分のことを語ってしまっており、いらんことを言っている気もするけど、もし良かったら読んでいただければと思う。(いっペーさん、素敵な機会をありがとうございました^ ^)

この取材を通して改めて「話すと元気になる」と言ってもらえることが自分にとってはすごく嬉しいことなんだなと実感した。自分と話すことで誰かが元気になるって、自分にとってもすごく幸せなことだと思う。

あと、個人的には、誰かに相談するときって、その人がどんな人かあらかじめ知っておきたくない?というか、知る権利あるよね?と思っている。
相談機関のいわゆる相談員や心理士は、あまり顔出しとか情報開示をしていない印象がある。もちろん開示することのリスクを鑑みてのことだとは思うのだが、相談する側からしたら、相談する人がどんな人なのかがあらかじめわかっていたほうが話しやすいのではないかなと思う。私自身のことも色々発信していって、こういう人なんだな、とわかった上で、話してみたい!と思ってくれた人が繋がってくれる、というほうが、お互いにとっていいのではないかな、という思いから、自分のことも発信しようと考えている。


*****


まだまだこれからどうなるかわからない。いざ時間ができると、できていなかった箇所の掃除とか、いつかやるべき手続きとか、色々やっているうちに1日が終わってしまっていることもある。放っておくとさぼりがちな性格ではあるので、焦らずとも着実に、やりたいことを1つずつ実現していきたい。




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