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『アナザーラウンド』

デンマーク映画『アナザーラウンド』(トマス・ヴィンターベア監督、2020年)を久々に映画館で鑑賞。マッツ・ミケルセンがシャンパンボトルを煽ってる写真をTwitterで見かけたときから絶対みたい!と思っていたんだけど、期待通り満足感と共に映画館を後にできる良作でした。

マッツ・ミケルセンが演じるマーティンは、高校で歴史を教えているものの、授業への熱意はゼロ。生徒はまともに席にもつかないのに、「先生の授業じゃ試験にうからない」と親を連れて文句を言ってくる。妻ともすれ違い続きで会話はほとんどなし、ティーンの息子二人にも煙たがられ、典型的な中年の悲哀の真っ只中にいる。そんな中、同僚の友人グループで飲んでいる時「人は常に血中アルコール濃度がある程度高いほうが、いろんなことへのパフォーマンスがよくなる」というある学術論文が話題にのぼり、「実験」をすることに....


日本版の予告編は例によって北欧ほっこり系な出来栄えなんですが、英語圏用オフィシャルトレーラーの方が実際の映画の雰囲気そのままになってます。

***以下本編ややネタバレ***

冒頭10分くらいは枯れた4,50代の悲しい日常すぎてちょっと辛くなりつつ「でも顔がマッツ・ミケルセン....」と思ってしまうんですが、アルコール実験の話が出てきてからは、早いんだか遅いんだかというテンポ感、コメディタッチと心を動かされるところとシリアス感のバランスが絶妙。
実験グループの同僚4人(それぞれ歴史、哲学、音楽、体育の先生)のキャラ設定もよくて、みんなで泥酔してぐだぐだサッカーしながら自画自賛してみせたり、深夜の道路を闊歩する姿なんかは、酔っ払い経験のある人なら琴線に触れること間違いなし...。
彼らの妻たちが現実的かつ事務的なことしか言わない女たち、っていう描かれ方でちょっと一方的な気はしつつ、まぁ男性側からみた素直な本音なんだろうな。
一時期(今も?)女の友情物語(特に中年以降の)は盛んに作られていたけど、中年男のグループ友情物語としては今まで観た中かぎりでは一番だと思います。

いわば『カレンダー・ガールズ』(ナイジェル・コール監督、2003年)みたいな、枯れた中年が人生を取り戻す!という陽気なムードがありつつ、その実験が「常にアルコールの影響下で日常を送る」という危険かつ反社会的になりうるものなので、周りにバレて職を失ったり、そのせいで事故や事件になってしまったり、アル中になってしまうのではという嫌な予感と隣り合わせで見なきゃいけない。
この感覚も、個人的には飲んで酔って楽しい、でも翌日(酔って陽気になった反動で)なんとも言えない不安感や嫌な気分に襲われるっていう実際の感覚と共通するものがあって面白かった。

この実験は結局よかったのか悪かったのかは見る人によって(そして多分自分が飲んで泥酔することをどう捉えているかによって)評価が分かれそうなところ。
映画本編としては、実際好転した部分もあり、悪影響が出た部分もあって、同じ悪い結果に対しても、実験はきっかけにすぎなくてもともと問題を抱えていたことと、こんな実験しなければこうはならなかったよねという切ない結果とが丁寧に提示されていたんじゃないでしょうか。最後は希望がありつつ、でもこれで全部丸く収まったとも思えない、ただ現実も、登場人物たちの状態やしたことも何も否定せずに、結果的には全てを肯定しているというのが私の解釈です。。
ちなみにラストシーンは『レスラー』(ダーレン・アロノフスキー、2008年)まんまですが(笑)、ミッキー・ローク演じる主人公は散ったんだろうな、と思わせますがこの映画の主人公マーティンはそういうわけではないんじゃないかな。助けてくれる人もいるでしょうしね。

そして映像というか撮影も魅力的!デンマーク、寒そうで空気が澄んでそうで、あと高校教師としては独身(おそらく)犬と暮らしているサッカーコーチ以外はかなりいい家に住んでるように私にはみえるんですが、サッカーの場面や酔ってふらふらしてる場面、そして宣伝文句の要でもある(?)マッツが舞う場面と印象的なカメラワークが出てきて、そこはさすがドグマをはじめたトマス・ヴィンターベアだなぁと。
このトマス・ヴィンターベア、本作撮影開始直後に痛ましい身内の不幸を体験していて、その経験がこの作品にも大きな影響を与えているみたいなんですが…(詳しくは監督の娘さんについて検索すると、彼がインタビューで語ったことの紹介記事などがみられますのでもし興味があれば)

日本でも現在公開中のようですが、足を運ぶ価値のある作品かなとおもいますので、マッツのファンはもちろん、いろんな人に素直にお薦めできる作品でした。


©️Asuka

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