ドイツ語の中の英語

ここ3日ほどコロナ&メルケル関係の記事が続いたのでそろそろ通常運転に戻ろかとネタを探してきました。
今回のテーマは「ドイツ語の中の英語」です。
日本語でもコンピューター分野やマーケティング分野などでは特にカタカナ語が増えており、そればかりか英語表記のもの(ブランドとか)まで増えていますが、その辺の事情はドイツ語でも同じです。広告業界なんかも英語をやたらめったらに使う傾向があります。そういう英語交じりのドイツ語のことを Deutsch と Englisch を合わせて Denglisch と言います。
英語は確かにドイツ語と同じ西ゲルマン語群に属していて類似性は高いですが、やはり全然違う言語ですので、ドイツ人だから英語がみんなできるというわけではもちろんありません。このため、Denglisch によって一種のコミュニケーションの断絶が生じ、それを苦々しく思う人たちの思いがこの「Denglisch」という呼び名に込められているのかというと、実はそうでもないです。むしろ英語に(も)堪能な教養人が英語交じりのドイツ語を苦々しく思って、その思いを「Denglisch」に込めることが多いです。混ぜ方の度合いにもよりますが、あんまり英単語が散りばめられすぎると「いっそ全部英語にすれば?」という思いが強くなります。
でも、一語くらいひょいと英単語が挿入されるのは許容範囲で、それを「Denglisch」という人はいません。
それでも、つい先日(3月20日)にロバート・コッホ研究所所長ローター・ヴィーラー(Lothar Wieler)がコロナウイルスについての記者会見で easy を使っているのを聞いた時はちょっとびっくりしましたが。

Ganz viele Menschen werden diese Krankheit ganz easy überstehen.
(かなり多くの人がこの病気をまったく楽々と克服するでしょう)

この easy は、cool と並んでドイツ語の日常会話の中で最も使われる英単語に属しています。例文では副詞として使われているので、本来の英語であれば easily ですが、ドイツ語では形容詞も副詞も同じ形が用いられるため、easy も副詞として使われます。
私の知っている限りでは easy は修飾語としては使われず、述語(例: Das ist easy それは簡単だ)か副詞として使われることがほとんどです。
cool は、「かっこいい」を意味し、日本語で言う「クール」とは意味合いが違います。これは修飾語としても使用され、その場合は格変化します(例: eine coole Hose かっこいいパンツ)。ちなみに最近では cool は使い古された感があり、若者言葉や広告などでは mega が使われます。これは格変化しません。

いろいろなものの名称にもなぜか英語が採用されていることが多いですが、あまりにも多すぎるのでここでは割愛させていただきます。

動詞でよく使われるのは、ビジネス関係では managen でしょうか。英語の manage に不定詞語尾 -n をつけてドイツ語化しています。
現在形人称変化も普通に規則変化します。

ich manage / du managst / er managt / wir managen / ihr managt / sie managen

規則動詞扱いなので、過去形は managte 現在完了は haben gemanagt になります。発音は「マネジェン」。子音の前では「マネジ」という感じです。
経済用語としてそこかしこに使われる Management も英語風発音で「マネジメント」となります。最初の a はドイツ語的発音で、2つ目の a が「エ」と発音されるのが特徴的です。つまりあくまでも「英語風」であって、英語の発音とは異なります。
英語の動詞をドイツ語化するときはたいてい -(e)n がつきます。
checken(チェックする)もよく使いますね。

日本語に英語圏では通じない和製英語があるように、ドイツ語にも独製英語と言えるものがあります。その最たる例は(das)Handy です。携帯電話がドイツに登場した頃に「手の中に納まる扱いやすいもの」という意味を込めて命名されたのですが、英語だと思っているドイツ人も少なからずいるみたいです(笑)
ただ、スマホはそれとは区別して (das)Smartphone という人が多いです。発音は完全に英語風スマートフォゥンではなく、スマートフォンです。ドイツ語には ou という二重母音がないためです。
タブレット(das)Tablet と合わせて「モバイル端末・デバイス」のことは普通にドイツ語で mobile Geräte と言います。これを mobile Devices という人には私は個人的に出くわしたことがありませんが、いないとは言い切れません。

もう一つのタイプの英語の影響は熟語に現れます。英語の単語そのものが借用されるわけではなく、英語からの逐語訳で Anglizismus と呼ばれます。

有名な例:

That makes sense -> Das macht Sinn. (本来のドイツ語表現は、Das ergibt einen Sinn / Das hat einen Sinn / Das ist sinnvoll.)
He did a good job -> Er hat einen guten Job gemacht. (本来のドイツ語表現は、Er hat seine Sache gut gemacht.)

どちらも1990年代にはすでにほぼほぼ市民権を得ていたので、今の20代30代のドイツ人にはまったく違和感のない言い回しですが、年配の方、特に旧東独出身の方にはかなり奇異に聞こえる表現です。

逐語訳ではなく、英語と語源を同じくするドイツ語の単語が、英語と同じ意味で使われるようになる例もあります。

realise(気づく、理解する) -> realisieren

ドイツ語の realisieren は本来「実現する」という意味だけでしたが、最近では Das habe ich erst jetzt realisiert (私はそれに今ようやく気が付いた)のように使う人が増えてきています。

こうして言葉というのは変遷していくのですね。

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