#4 「サプライサイド経済学」ーー非本質的かつ無意味な分類

マクロ経済学の二大潮流といえば、新古典派経済学とケインズ経済学であると言っても良いだろう(こう言うとマルクス主義者やオーストリア学派などからは怒られそうではあるが怒らないで頂きたい笑)。そしてしばしば言われるのが、「新古典派経済学=サプライサイド経済学(供給重視)=小さな政府路線」であり「ケインズ経済学=ディマンドサイド経済学(供給重視)=大きな政府路線」であると言う二項対立だ。

しかし、この二項対立はすっきりしているが、実際のところはそれほど単純に区分できるものではない。わかりやすく言おう。サプライサイドと言われる新古典派経済学でも消費は分析されているし、課税なり政府支出なりが社会厚生を高めると考える場合だってある。逆に、ディマンドサイドと言われるケインズ経済学でもきちんと供給について分析はしているし、小さな政府路線が望ましいと結論づける場合がある。

ありがちな主張として「セイの法則」云々というのがある。なるほど確かにセイの法則が新古典派経済学に影響を与えた部分はあるし、マルクス経済学者として知られる森嶋通夫も『思想としての近代経済学』と言う本の中で「セイの法則」に基づく新古典派経済学が現実を捉えていないと批判している。しかし適当な新古典派経済学の論文を見ると良いが、「Say's law」に言及しているものを見たことはない。そもそもセイの法則それ自体がワルラス法則や一般均衡理論などによってもはや打ち捨てられたものになってしまっている。それどころか、必ずと言って良いほど「Utility function(効用関数)」が含まれており、効用は消費の水準によって決定されている。すなわち、需要側の分析がきちんとなされている。これでなぜサプライサイドと呼べるのだろうか?

また、課税なり政府支出なりが望ましいことを示した論文の例としては、Fanti and Gori (2010)を挙げておこう。この論文では、最低賃金が存在する場合に、子供に課税し政府が賃金補助金を支払うことによって、経済成長率が上昇し、同時に長期的に出生率も上昇すると述べられている。(ちなみにこの論文はわずか3ページしかないので、経済学部の学生や経済学研究科の院生がトレーニングや力試しとしてモデルを解くのにはおすすめです。というかこの論文が採録されているEconomic Lettersの論文はどれも読みやすいので初心者向け。)このような論文など探せばいくらでもある以上、新古典派経済学を新自由主義やリバタリアニズムと結びつける言説はハッキリ言って馬鹿げていると評さざるを得ない。

せっかくなので、ケインズ経済学の内部事情についても触れておこう。ケインジアンの中に、クルーグマンやブランシャールのように積極財政を主張する人がいるのは事実だ。しかし、クルーグマンやブランシャールだけがケインジアンではない。『マンキュー経済学』シリーズで有名なマンキューは積極財政に否定的なケインジアンである。ケインジアンである証拠に、価格の硬直性について議論する際にしばしば持ち込まれる「メニューコスト」という概念は彼の発明品だ。

したがって、特に反緊縮を掲げている側に、セイの法則がどうのこうのとか、サプライサイドどうのこうのとか言って新古典派経済学を批判しているサイトが氾濫しているが、これらは経済思想および経済学史に関する理解が不十分だと言わざるを得ないのである(残念ながら反緊縮でない人の中にもそれが通俗的理解としてまかり通ってしまっているのだが!)。そう言ったサイトを読むことは機会費用以外の何物でもないので、読まないことをおすすめしたい。

では、何が新古典派経済学とケインズ経済学の本質的な違いなのだろうか?すでに述べたように、サプライサイドかディマンドサイドか、あるいは小さな政府か大きな政府かという問題は根本的な違いではない。反緊縮を掲げている側がケインズを引用する際に好んで使う(その中でも政治的右派にこの言葉を好む者が多い気がするのは彼らが公共の利益を個人の利益に優先するからなのだろうが)、「合成の誤謬」なる言葉も、新古典派経済学のフレームであっても外部性を用いたモデルで複数均衡を出しどの均衡が最適かを論じればよい問題なのでやはり本質的な問題とはいえない。本質的な違いはすでにあげたとおり、価格の硬直性、要は調整スピードの違いであり、その背景にある情報コストの問題なのだ。

一つの考え方としては、確かに新古典派経済学では調整スピードが速すぎて現実的でないし情報コストも考慮されていないことは問題だが、調整スピードや情報コストが問題の中心でないのであれば一つのベンチマークとして新古典派を使い、調整スピードや情報コストを問題にしたい(前回記事の賃金の上方硬直性を話題にするときなど)ときにケインジアンのモデルを使うという二刀流が妥当なのかもしれない。

参考文献
L. Fanti and Gori, L. (2010), "Child policy solutions for the unemployment problem," Economic Letters, 109, pp.107-109.
森嶋通夫 『思想としての近代経済学』 岩波書店、1994年。


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