勇者ズム!SS4  著:三鏡一敏

   『勇者パーティーのパーティーナイト』

【アナストウェル】。

 それは偉大なる女神アルテミラスの恩恵に浴する、栄光と希望に満ちた世界――だった。

 アルテミラスの殺害を目論む叛逆者、魔王バエルの出現により、凶暴性を増したモンスターたちの脅威に晒される世界――。それが、今の【アナストウェル】の真実だ。

 しかし。だからこそ彼女は、剣を取った。

 絶望に沈む人々に救いの手を。邪悪な怪物どもには正義の鉄槌を。

 尊き女神の御名のもとに、聖なる剣を振るう勇敢なる者の名は、セシリー・ヴィクトリア。

 魔王討伐を果たすために旅を続けるセシリーとその一行は、今日もモンスターと戦いを繰り広げていた。


「はぁっ!」

 とある大陸、とある貧村のすぐ近く。むせ返るほど濃密な緑の匂いが充満する森の中に、まだ幼さの残る少女の声が響いた。

 年の頃は十四。されど、彼女の美貌はまさしく絶世だった。

 一太刀振るうたびに踊る黒髪。揺るがぬ決意を宿した碧眼。形の良い右耳のやや上には、祖国〝エイランド〟の紋章を象った髪飾り。それは彼女のトレードマークであるとともに、誇りある王家の者としての証でもある。

 その右手にて冷厳なる輝きを放つは、優美さと雄々しさを併せ持つ両刃の長剣。名を『アークフロッティ』。古き伝承にその名を刻む聖剣である。

 聖剣を携え戦場を舞う少女の姿は、さながら戦乙女。見惚れるほどに美しい剣のワルツが終わる時――それは相対する敵の命が尽きる時だ。

「……っと。これで入り口付近のモンスターは全部仕留めたかな。あとはミアの報告を待つだけね」

 セシリーは手にした聖剣を袈裟に払って血振りをすると、慣れた手つきで納刀。目の前にぽっかりと口を開く洞窟の奥を見据えた。それから間もなく、洞窟から飛び出してくる黒い影。

「ただいま」
「ミア! おかえり、中はどうだった?」
「うん。セシリーの読み通り、待ち伏せしてた」

 セシリーの問いに答える少女の声もまた、幼い。いや、彼女は声だけでなく、見るからに幼い。黒いフード付きローブで全身を覆っていても、小柄な体格まで隠す事はできないのだ。

「そっか。外にいた連中、聞いてたよりも全然数が少なかったから、そうじゃないかと思ったんだ。う~ん、どうするかな。できれば中では戦いたくないんだけど……」
「そう思って、毒爆弾でノックしてきた。多分出てくる」
「本当? さっすがミア、よくやったわ! やっぱり勇者はお天道様の下で戦わなきゃね。誰が好き好んで洞窟なんかで相手してやるかっての」

 口元に豪快な笑みを浮かべて答えるセシリーは、斥候としての務めを十二分に果たしてくれたミアの頭を軽く撫でる。そのせいでフードがズレそうになり唸り声を上げるミアだったが、目元は嬉しそうに緩んでいた。

 そんな二人のやり取りを後方から窺うのは、パーティーの後衛であるリサとマリーだ。

「いいなぁミア。ボクだって、セシリーにヨシヨシってされたい!」

 不満と欲望を隠そうともせず、むしろ全身で気持ちを表現するリサ。地団太を踏むたびに揺れるミディアムショートの黒髪も、ヨシヨシしてほしそうにセシリーを見ている。ヨシヨシしてあげますか? ▼はい  いいえ

 対して、マリーの方は冷静だ。互いの職業特性を分析し、的確にリサを諭す。

「あはは……。お気持ちは分かりますけど、リサさんは魔術師ではありませんか。ゴブリンだらけの洞窟に独りで入って、ちょっかいを出してまた戻ってくるだなんて、そんな事ができるのはアサシンであるミアさんだけですよ」
「じゃあボク、アサシンに転職する!」
「あ、それは名案ですね。でしたらわたくしも僧侶兼ネクロマンサーに転職を」
「こら二人とも、そういう事言わない。二人は勇者パーティーに必須の職業なんだからね」

 気の抜けたやり取りをする後衛二人に、セシリーからやんわりと注意が入る。

 逆に怒られる結果となったリサは一瞬落ち込み掛けたが、すぐに笑顔を覗かせる。セシリーにとって必須の存在だと言ってもらえた。それはリサにとって、何より喜ぶべき事だからだ。

「っ! 出てきたわよ! 何コレ、凄い数……! みんな、気を引き締めて!」

 わらわらと洞窟から飛び出してくるモンスター、〝ゴブリン〟の大群。
 人間の子供程度の大きさしかないこのモンスターは単体であればどうと言う事はないが、ここまで多いとなると話は別だ。ひとたび数に呑まれれば、その暴力に抗う事はできないだろう。

 勇者の抜刀を合図に、パーティーは散開。それぞれのベストポジションに陣取り、ゴブリンたちとの戦闘が始まる。

「はっ! せいっ! よし行ける、大きめのヤツは私に任せて!」
「了解。小さいのは私が蹴散らす」
「弓持ちはボクが狙うよ! 安心してね!」
「皆さん頑張って下さい。敵の死体が増えてきたら、わたくしがネクロマンシーを」
「ちょっ、お願いだからマリーは回復に専念して! あなた死霊使いじゃなくて僧侶でしょ!?」

 隙あらば禁術を使いたがる聖職者に、セシリーはすかさずダメ出しを入れる。仲間の暴走を止めるのもまた、パーティーリーダーの大事な務めなのだ。

「っはぁ! っ、……ねぇちょっと……何かますます増えてない? 聞いてたのより逆に多いんですけど」

 斬っても斬っても減る気配のないゴブリンたち。衰えるどころか勢いを増す敵の猛攻が、勇者の心に焦りを刻む。

「ミアはどこ!? 無事よね!?」

 心配になったセシリーは叫び、仲間の安否を確かめる。返事の代わりにモンスターの血煙が舞い、ひとまず胸を撫で下ろした。

「リサは!? マリーも大丈夫!?」
「わたくしは大丈夫です! リサさんは……」
「ボ、ボクも平気! でも、このままじゃ!」

 リサの言いたい事は分かっている。が、この状況では押す事も引く事も叶わない。じわじわと迫る死を待つのみだ。

(こんな時にシビルとリーゼがいてくれたら――)

 勇者として決して口には出せないが、思わず心中で弱音を吐くセシリー。頼れる二人の仲間は、別件で一つ先の町に先行している。

(ダメ。忘れなさいセシリー。ラケダイの鬼神とデスクレスの賢者がいなければ、こんなゴブリンどもにも勝てないって言うの?)

「違う。私は……勇者!」

 セシリーは思い出す。自分が何者で、何が自分の武器なのかを。
 右手の聖剣だけじゃない。心に秘めた勇気こそが、何者にも負けない最強の武器。

 そして今、彼女のそばで彼女を支える仲間たちこそが――無尽の勇気を勇者にもたらすのだ。

「はぁぁぁぁぁぁッッ!!」

 滾る闘志を剣に宿らせ、大地を薙ぐ。鬼気迫るその剣圧に、ゴブリンたちは思わず怯んだ。

「みんなゴメン! 私諦め掛けてた! この戦い、絶対勝つよ!」
「その言葉を待ってたよ! ねぇセシリー、今から十秒間だけ凌いでってお願いしたら、聞いてくれる?」
「? そりゃ、やれるだけやってみるけど……何か策があるの? リサ」
「うん。ドッカーンってするんだよ。ボク魔法使いだもん」
「あぁ、なるほど。分かりやすくていいわね。じゃ、いっちょやってみますか!」

 幼馴染にして親友のリサがそう言った以上、セシリーに迷いはない。全幅の信頼を胸に、彼女はゴブリンの一団に鋭く切り込む。

「よぉし、やるぞぉ」

 一方、リサが右手に構えた武器は『リサズバンバン』。魔力を弾丸に換えて撃ち出すグリップ付きの短筒で、感覚的に〝銃〟と呼称している世界に一つの特注品だ。

 元々は魔法の命中精度向上を目的として開発された長銃だったが、携行性の低さが露呈。改良型の『MK‐Ⅱ』が開発された。が、小型軽量化に伴い火力が落ちるという、軽視できない課題が残ってしまう。

 しかしこの最新型、『リサズバンバンMK‐Ⅲ』は一味違う。激化するであろう今後の戦いに備え、それら二つの問題に解答を示した完全版なのである。

「マジックローダ起動、シークエンススタート」

 目を閉じて、集中。リサはありったけの魔力を銃に流し込む。瞬間、弾倉内のマナと魔力が結び付き、青白い光が銃内部から漏れ出してくる。

「広域モードでコンシールドを解放。リミッター、パージ」

 形態を指定する声に合わせ、銃身が左右に展開。内部構造が露出する。
 次いでマナによる疑似バレルが出現。射程と威力を高めるため、更に魔力を圧縮していく。

 と同時に、それまで鳴り響いていた剣戟の音がピタリと止まった。異常とも言える魔力の奔流に、ゴブリンたちが気付いたのだ。

「アルテミラス・コード承認、マナレベル臨界。守護方陣アンフォールド」

 銃口付近に魔法陣が展開、銃身がスパークする。発射まで秒読みだ。

 しかしその凄まじい魔力を危険と見たゴブリンたちも黙ってはいない。まだ詠唱中のリサに狙いを定め、一斉に矢を放った。

「させない!」

 瞬時に反応したセシリーは放たれた矢を切り払う。しかし全ては捌き切れず、落とせなかった矢は体で受けた。

 腕や太ももに矢が突き刺さり、思わず苦悶の声を上げそうになるセシリー。だが、凌ぐと約束した。リサが魔法を完成させるまで、セシリーはリサを守る盾となる。

「キャスティングスタンバイ。リリース……よぉし、行けるよっ!」
「待ってた! リサ! ぶっぱなしちゃって!!」
「メラメラドッカン! 赤き炎の鉄槌――『クリムゾンパニッシャー』!!」

 リサが魔法名を叫んだ瞬間、銃口から解き放たれる緋色の光線。光は無数に枝分かれして紅蓮の業火と化し、その場の全てを焼き払った。

 後に残ったのは、焼け野原……ではなく、普通に平和な森の姿。母親に取り残された迷子のようにキョロキョロしながら、ミアが呟く。

「殺されるかと思った。ゴブリンにじゃなくて、リサの魔法で」
「ほんと、すっご……何この尋常じゃない火力。リサが天才魔術師なのは知ってるけど、こんな凄かったっけ?」

 跡形も残らず焼失したゴブリンの群れ。それなのに、森や自分たちには何の影響も出ていない。精密な守護方陣が働いたお陰だ。火力もさる事ながら、その魔力制御も桁外れである。

「えっへへ。実はリーザが仲間になってから、ボク、ちょっとアセアセしてたんだ。ボクよりずっとつよつよな攻撃魔法使うんだもん。だから負けないようにって、武器を改良したんだよ」
「そういう事ね……。けど、リサは自信持って大丈夫よ。リーザに全然負けてない。ここまで凄いと、何だか魔王なんて簡単に倒せそうな気がしてきたわ」
「えっへん! もう少しチャージ時間が取れればもっとつよつよ魔法が撃てるんだけどねっ」
「マジ!?」
「はいはいセシリーさんストップです。勝利の余韻に浸るのは結構ですけど、体に矢が刺さったままお喋りしないで下さい。本気で死体になってしまいますよ?」
「もしなっちゃったとして、操らないでね……?」

 勇者が放った小粋なジョークにより、どっと笑いに包まれる仲間たち。
 マリーの回復魔法で傷を癒した一行は互いの活躍を称え合いながら、緑の風が吹く森を後にするのだった。


 森のすぐ近く、街道沿いにある小さな村に帰還したセシリーたち。
 村人たちは村の入り口まで総出で出迎え、彼女たちの帰還を心から喜んだ。

「おぉやったぞ! 勇者様がたの凱旋だ! という事は……村長!」
「落ち着けアルフレッド、失礼ではないか。勇者様、よくぞご無事で戻られました。それで、その……森に巣食っていたモンスターどもは、退治して頂けましたでしょうか?」
「もちろんです村長殿。モンスターどもは、私たちが残らず一掃しました」
「それは良かった! 本当にありがとうございます! これで村の者たちも安心して森へ狩りに出掛けられましょう。あぁそうだ、勇者様がたに何かお礼をしなければ。もしよろしければ、今晩にでも祝宴の席を設けさせて頂きたいと思うのですが、いかがでしょう?」
「祝宴ですか。それは嬉し……、……いえ、そのお気持ちだけで充分です。私たちはお礼目当てでモンスター退治を引き受けたわけではありませんので」

 村長の粋な申し出を、毅然とした態度で辞退する勇者の鑑、セシリー。

「カッコつけたがりですねぇセシリーさんは。勇者として、一国の姫として、民の良き心遣いを無下にしてしまうのも、それはそれでどうかと思うのですが」
「私……ごちそう食べたい」
「別にカッコつけて言ってるわけじゃないわよ。当然の事として言ってるの。ミアも、ご馳走なら次の町まで我慢しなさい」
「セシリーがそう言うなら、仰せのままに」
「まぁ、そうですよね。次の町でシビルさんたちも待っているわけですし」
「そうそう。宴なんか開いてもらったらきっと朝までドンチャン騒ぎしちゃって、明日一日動けなくなるんだから。今日だけここで休ませてもらって、明日出発よ」

 マリーとミアから出た批判を上手くあしらい、ついでに今後の予定まで決めるセシリー。

 魔王討伐の旅が始まってから、もうすぐ一年。最初はいくらか頼りないところもあったセシリーだったが、みんなをまとめるのも随分上手くなった。本当に成長した。

 だが悪く言えば…………変わってしまったとも言える。

 幼馴染として、彼女の昔を誰よりもよく知るリサは、特にそう思っていた。変わってしまった彼女の姿を見るたびに、リサは人知れず心を痛めてきたのだ。

 しかし、今回は少し違った。

「わふー!」
「わっ!? なに? リサ。いきなり飛び付いてきたりして」
「えへへ~、なんかポワポワ~って嬉しくなっちゃって。だってセシリーさぁ……」

 リサはそこで一旦言葉を止め、セシリーの耳元で囁く。

「ほんとは普通に宴を受け入れるつもりだったのに、途中で急に断ったでしょ。気付いちゃったんだよね? 村の子供のお腹が鳴った事に」
「!」
「それで、村のみんなの顔を見た。そしたらさ、みんな痩せこけてるの。当然だよね。だってゴブリンのせいで何日も狩りに出られてないんだもん。今のこの村には宴を開く余裕なんてなくて、ボクたちをもてなしちゃったらきっと食糧は空っぽになる。今日から狩りは出来るようになったけど、そんなにいっぱい狩れるかな? 食糧がみんなに行き渡るのはいつ?」
「……分かったリサ、その通りよ。お世辞にも裕福そうには見えない村だもの、宴なんか開いてる場合じゃない、そう思ったの。もぉ、いつもはお馬鹿な感じなのに、どうして時たま妙に鋭くなるんだろ。天才宮廷魔術師サマは、やっぱり紙一重なのかしら?」
「わ~い、褒められちゃった」
「今まさに紙が翻ったわね」

 天才的お馬鹿な親友の姿を見て、セシリーは盛大な溜め息をつく。

 対してリサは上機嫌だ。どこか変わってしまったと思う親友の、変わらない一面を見る事ができたから。勇者として人々から望まれる振る舞いをするたびに失われていく『彼女らしさ』、『優しい姫だった頃の彼女』は、今もまだ彼女の中に残っている。そう実感できたから。

(お城にいた頃が懐かしいなぁ……。そりゃそうだよね、そろそろ一年だもん。一年前のあの頃は、図書館でかくれんぼしたり、二人でガレットを食べたり……)

 不意に込み上げてくる懐かしさ。しかし、そこでリサは大切な事を思い出した。

「――……お誕生日」
「うん? リサ、今何か言った?」

 突然惚けた小声を発したリサに、セシリーは聞き返す。リサは慌てて首を横に振ると、セシリーに背を向けてわなわなと震えた。

(ガレット! それってセシリーのお誕生日パーティーで食べたやつだよ! 一年ごとにくるのがお誕生日! みんなのお誕生日は? 旅の間に過ぎちゃったかな?)

「ねぇマリー、マリーのお誕生日はいつ?」
「? わたくしの誕生日ですか? わたくしは教会に拾って頂いた身なので分かりませんが、拾って頂いた日を誕生日とするなら九月八日ですね。というかなぜ小声なんです?」

(過ぎてる……)

「ね、ねぇミア、ミアのお誕生日は?」
「三月三日。旅に出てすぐくらいに、十二歳になった」
「そ、そっか、おめでと……」

(待って。ボクのお誕生日も過ぎちゃってるのは分かるけど、セシリーのお誕生日は……)

 十一月一日。それがセシリーの誕生日だ。
 そしてその日が来るのは――ちょうど明日である。

「ギリギリ間に合ってるぅぅぅぅ!!」

 思わず声に出して叫び、胸の前で拳を握るリサ。突然の奇行に仲間たちから白い目を向けられるが、リサは気にせずマリーとミアを呼び寄せ無理やり肩を組んだ。

「ご両人! よぉく聞いて下さい! 今から大事な大事なお話がありますっ!」
「え、ねぇどうしたの三人とも。私も仲間に入れてほしいんだけど」
「セシリーは今だけ仲間じゃありません!」
「ガーンッ!?」

 意味も分からず仲間外れにされ、少し離れた場所で一人すすり泣くセシリー。しかし、彼女の誕生日をどうしても祝いたいリサにとって、そんな事を気にしている暇はない。

 リサはマリーとミアの耳元に口を寄せると、セシリーに聞こえないよう小声で宣言する。

「これより、勇者セシリー・ヴィクトリアのお誕生日をお祝いするための、緊急クエストを開始しますっ!」


 ――一夜明け、翌朝。
 村の宿屋で朝日を迎えた勇者パーティーは、次なる町への出発準備を整えていた。

 ……いや。そうしているのは、セシリーだけ。何故なら彼女の誕生日を祝う作戦は、すでに始まっているからだ。
 作戦の概要は次の通りである。

「!? まぁ大変! セシリーさん、あなた昨日ヒザに矢を受けてしまっていましたよね?」
「え、いや、別にヒザじゃないけど、うん、まぁ」
「それ、どうやら毒矢だったようです。このままだとあなたは、今日中に死にます」
「う、うそぉ!?」
「本当です。今からわたくしが毒の巡りを遅らせるスペシャルマッサージを施しますから、どうぞ横になって下さい。そうしているうちに、リサさんたちに薬を買ってきてもらいます」

 作戦その一・マリーによる接待。
 このスペシャルマッサージに毒への効果は微塵もなく、ただ気持ちいいだけである。もちろん、毒矢を受けたというのも真っ赤な嘘。これはセシリーを今日一日宿屋に釘付けにし、こっそり誕生日パーティーの準備を進めるための作戦なのだ。

「別に魔法でよくない? 毒消しの魔法、マリーなら使えるよね?」
「この前忘れました。わたくし、技は四つまでしか覚えられない体質なんです」
「え~」

 無理のある理屈だったが何とか力技で押し切り、セシリー軟禁は無事成功。
 ここから先は、リサとミアの出番だ。

「じゃ、ボクたちはボクたちの仕事をしよ。ボクは都会の町に飛んでオシャレなスイーツを。ミアは森で食材を。頑張ってね、ミア」
「頑張るまでもない。狩りは得意、四人分の食材くらい一瞬で確保できる」
「ううん、四人分じゃないよ? この村のみんなの分もだよ」
「……そうなの?」

 思い掛けないリサの言葉に、ミアは目を丸くして聞き返す。リサは当然とばかりに答えた。

「セシリーのお誕生日はとびっきり盛大にお祝いしたいからね! ボクたち四人だけじゃなく村のみんなにも参加してほしくて、昨日のうちにご招待したんだよ」
「ご招待……ね」

 その言葉だけを抜き出し、ミアは意味ありげに小さく呟く。
 モンスター退治のお礼に宴を開くと言ってくれた村人たちだ。この村でパーティーを開くと言えば、きっとアレコレと提供を申し出てくるだろう。その善意は尊ぶべきだが、それでは昨日宴を辞退した意味がなくなる。

 しかし村人たちを初めからゲスト扱いにしてしまえば、変に気を遣わせる事もない。

「そっか、だから全員分。むぅ……思ってたより大変そうかも」
「まぁね。でもその分、料理や飾り付けは村のみんながお手伝いしてくれるって言ってくれたんだ。これはもう、超盛大なパーティーになるのは間違いなしだよ!」
「なるほど。そういう事なら、いっぱい獲ってくる。またあとで」

 言うが早いか、ミアは獣のような俊敏さでその場を走り去っていく。

「わぁ、素早さ強化の魔法まで使って……ミア、本気だね。よぉし、ボクもいっぱい仕入れてこよ~っと」

 リサにはミアのような身のこなしはできないが、彼女は魔術師。魔術師には魔術師の、アサシンには決して真似できない技がある。

「虹に乗ってピュン! 『アルコ・プエンテ』!」

 一度立ち寄った事のある場所なら、どこでもひとっ飛びできる瞬間移動魔法。

 七色の光が空に伸び、描くアーチが行き着いた先はエイランド王国。リサとセシリーの生まれ故郷だ。 

 と言っても、王都には他国や魔王軍からの侵攻を防ぐための強力な結界が張られているため、町中に直接下りる事はできない。どんなに魔力制御の上手い魔術師でも、下りられるのはせいぜい三百メートル近辺が限度だろう。

「待っててねセシリー! ボクが思い出の味をいっぱいいっぱい買って帰るから! 全力ダ~ッシュ!」

 近いようで遠い王都を目指し、リサは街道を走り出す。しかし、そんな彼女は知る由もなかった。

 帰りの事をすっかり忘れて買い込み過ぎ、荷物が重くて腕がパンパンになる未来を。


「た……ただい、ま……」

 夕暮れ時を通り越し、日没後。
 すっかりクタクタになったリサが村に帰ってきたのは、彼女が担当したスイーツ以外、全ての準備が整ったあとだった。

 村長宅の前の広場には、焚き火を囲むように設置された長テーブル。テーブルの上にはウサギやイノシシ、クマなどの肉料理が所狭しと並べられ、美味しそうな匂いを漂わせている。視界に入る近隣の家々には、色取り取りの飾り付けもバッチリ施されていた。

「リサ遅い。せっかくの料理が冷めるかと思った」
「わたくしも、セシリーさんにサプライズの事を気付かれてしまうかと思いましたよ。ここまで長時間宿屋に軟禁しておくのは、さすがに無理がありますし」

 共犯者二人の口から非難の声を浴びせられ、リサは平謝りに謝る他ない。とはいえ、仕入れてきた品自体には自信がある。王都でも希少な高級スイーツの数々を見れば、二人もきっと許してくれるだろう。お酒も買ってきたので、マリーは特に喜ぶはずだ。

「ところでセシリーは? 今どうしてるの?」
「数時間前に宿屋の外に出たがったので、ベッドに縛り付けてあります」
「いつの間にか軟禁から監禁になってるっ!? しかも数時間前って……」

 自分たちがサプライズを仕掛けようとしたせいで、人生で一番悲惨な誕生日を味わわせてしまったような。そんな後悔がリサを襲うが、もはや後の祭りである。

「じゃ、ボクがセシリーを連れてくるね」

 言って、リサは村の宿屋へ。

 セシリーは怒っているだろうか? それとも泣いているだろうか? どちらにせよ、謝る準備はできている。リサは思い切ってセシリーが閉じ込めてある部屋に踏み込む。

「セシリー、迎えに来たよ」
「あぁああリサ! よく来てくれたわ! 早くロープ解いて! トイレ行きたいのトイレ! ヤバイのっ、もう限界なのっ!」
「わああごめ~ん!?」

 結果としてセシリーは泣いていたが、リサが想像していた涙とは少し違った。

 …………。
 ……………………。

「……それで? 何で私はこんな目に遭ってるわけ? 毒っていうのもどうせ嘘なんでしょ?」

 ピンチから救われるなり、セシリーは責めるような口調と視線でもってリサに問う。

 リサはとりあえず広場に向かって歩きながら、俯き加減に答えた。

「やっぱり、最初から気付いてたんだね。そりゃあ気付くよね、こんなお粗末な作戦」
「お粗末な頭で悪ぅございましたね、気付いたのは最初じゃなくて途中よ」
「あぅっ、ごめんなさい。実はね、これは全部セシリーを喜ばせたくてした事なんだ」
「へぇ。ベッドに縛り付けられトイレを我慢させられ、それで私が喜ぶと?」
「そ、そうじゃないんだってば! とにかく……アレを見て!」

 セシリーの誤解を全力で否定しつつ、リサが指さした先。
 そこにジロリと視線を向けたセシリーは、驚きに目を見開いた。

「なに……あれ……」

 そこにあったのは、焚き火の暖色で彩られた即席のパーティー会場。

 数々の料理が並ぶテーブルのセンター、自分こそが今日の主役だと言わんばかりに置かれているケーキには、火の灯ったロウソクが十五本。その数を見て、セシリーはすぐに察した。

「これ……十五歳の誕生日ケーキ……。これって私のだよね? そっか私、今日で十五歳になったんだ……」

 過酷な旅を続ける中で、すっかり失念していた祝いの日。
 思えば他のみんなの誕生日はとっくに過ぎていて、自分はおめでとうの一言すら言えていなかった。それなのに――こうして祝ってくれる仲間がいる。

「うっ……うぅっ、み、みんなぁ……! ごめんねみんな、本当に……ごめ……」

 どんなピンチも一緒に切り抜けてきた。どんな困難にも一緒に立ち向かってきた。

 泣く時も、笑う時も。きっと世界が平和になる瞬間にも。世界が平和になったあとだって。ずっとずっと一緒にいるはずの、大切な仲間たち。

「セシリー! お誕生日おめでとう!」「おめでとうございます!」「おめでとう」
「…………みんなありがとう! 本当に、本当にありがとね!」

 堪え切れずに頬を伝った涙を拭い、セシリーはロウソクの火を吹き消す。
 それを皮切りにして一斉にグラスがぶつかり合い、一度は断った村の祝宴が幕を開けた。

 もちろん宴の名目はモンスター退治記念ではなく、勇者の誕生日記念だ。

「セシリー。肉は全部私が獲ってきた。食べて」
「そうなんだ、いただくね。……うん! 美味しいよミア!」
「セシリーさぁん? お肉から先に食べるなんて駄目ですよぉ。空きっ腹に高~いお酒をぶち込んで、一気に悪酔いしましょうよ~?」
「うわっ、マリーってばもう酔ってるの? てか待って、マリーまだ十三じゃなかった? お酒は十四になってから!」
「うふふ、神は仰られています。ここで飲むのがお約束だと。もしどうしてもNGならこう言い換えましょう。これはお酒ではなく、酔っ払うお水であると」

 滅茶苦茶な論法で法を欺こうとするマリー。とんだ聖職者がいたものである。

 酔っ払いのウザ絡みから逃れるように、セシリーはリサのもとへ。自分の隣に来てくれた事に大喜びしたリサは、大変な思いをして買ってきたガレットを彼女に差し出す。

「どう? セシリー。喜んでくれた?」
「そりゃもう、言葉じゃ言い表せないくらいよ」
 満面の笑顔を浮かべて、受け取ったガレットを頬張るセシリー。昔と何一つ変わらないその笑顔を見て、リサも心からの笑顔になった。
「……ねぇリサ。このパーティーってさ……本当に最高ね」
「? それって、ボクたち勇者パーティーの事? それとも、このお誕生日パーティーの事?」

 奇しくも紛らわしくなったその言葉。だがしかし、そこに改めて考える余地などない。

 微塵の迷いもない眼差しでリサを見つめて、セシリーは優しく言った。

「そんなの決まってるじゃない。……両方よ」


                               ~ Fin .~

この記事が気に入ったら、サポートをしてみませんか?
気軽にクリエイターの支援と、記事のオススメができます!
11
小説家。「空ろの箱と零のマリア」(全七巻)は全米人気一位との説も。レプリカレターという音楽ユニットで時々活動中。他著作「殺人鬼探偵の捏造美学」「利他的なマリー」など。マンガ原作とアニメ関連の仕事がしたいし、常に新しい体験をしたい!