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アイドルファンでいるために

歌って、踊って、演じて、表現するアイドルのための健康とジェンダー

2023年4月15日、昨年エトセトラブックスから発売された雑誌「エトセトラVOL8 特集:アイドル、労働、リップ」の刊行記念として、同雑誌の特集編集をつとめた鈴木みのり、和田彩花と一昨年「アイドル保健体育」を出版した竹中夏海の鼎談イベント「歌って、踊って、演じて、表現するアイドルのための健康とジェンダー」が開催された。

フェミニズム雑誌ということもあり、雑誌ではアイドルに勇気づけられた経験やアイドルを推した話とともに、アイドルの影の側面について語る論説も多い。フェミニズム自体には私も詳しくはないけれど、理論をがっつり理解していることを前提に書かれているわけではないので、なんとなく推すことのうしろめたさを感じている人は読んでみると頭の中を整理するのに役立つかもしれない。

一方、鼎談はフェミニスト、アイドル、アイドルスタッフ(振付師)の立場からアイドルにまつわる諸問題について広く話すもので、雑誌よりもアイドル側によった話が多い分、アイドルファンを続けたいアイドルファンにとってもヒントが多い内容だったと思うのでまとめておきたいと思い、記事を書く。

5月16日までアーカイブの視聴チケットが販売されている。下記にまとめた内容はごく簡略したものなので、興味がある人はぜひ視聴してほしい。

アイドルとジェンダー

  • 十数年前、女性アイドルには「女の子が集まればドロドロになると決まっている」という決めつけがあった。メディアでもそれを笑いとして消費する傾向にあった。また、「仲良しは甘え」としてプロ意識の欠如ととらえられがちだった。
    現実には仲が良いグループは昔からあり、現在はメンバーの関係性がよいことをプラスにとらえるファンも多いことが認識され、このようなケースは減ってきた。

  • 通常の体調不良であればともかく、婦人科系の不調についてはマネージャーにも相談しにくいアイドルが多いのは、女性の性を不浄不潔と思わされる構造にかかわる部分もあるのではないか。
    この数年で生理についてメディアでも取り上げられる機会が増え、変わってきた部分もある。

  • アイドル運営は人の人生をあずかっているという意識をもって、婦人科系も含めた知識をつけ環境を整える必要がある。

  • 男性アイドルもまたジェンダー規範から性被害を語りにくく、真に受けてもらえない。もちろん性暴力自体にも向き合わなければならないが、それを語れない構造にも目を向ける必要がある。

アイドルと専門家

  • 若年者が中心であり、適切な専門サービスをどう受ければいいのかを知らない場合もある。専門家とつなげる人や場所が必要。

  • 契約形態、人間関係、身体的なこと、学校との両立等アイドル特有の状況について一から説明しないと専門サービスを受けられない。自分の状況を一から説明することは特に若年者には難しく、入口のところでハードルが高い。

  • グループ内ではそれぞれの立ち位置や人気、兼業状況が違うことで相談できない内容もある。

アイドルと人気商売

  • 今は握手会や投票、フォロワー数で人気が可視化されやすい。人気を自分の価値だと思いやすい。

  • 特に日本のアイドルはパフォーマンスより人気の比重が大きいところが多い。人気ではなくパフォーマンスを見てほしい。特にダンスは正しく練習した時間に比例してスキルがつく。アイドル自身も頑張った時間に価値があると思ってほしい。自分でもやったことに目を向けて評価することが大切。

  • 仕事が決まる決まらないに人気が影響する。ファンはいろんなところを見てその子のいいところを教えてくれる。こういうところが素晴らしいと発信してアイドルにも伝わるようになればいいと思う。

  • アイドルと全く関係のないところで価値を見つけることもできる。

アイドルと根性論

  • エビデンスや根拠のないもの。正しい方法で練習することは具体案であって、根性論とは違う。

  • アイドル業界に限らず、芸能界は夢が人質になりやすい世界。外野からは「やめればいい」「目指さなければいい」といわれるが、夢や憧れはコントロールできない。夢を人質に「我慢して当然」「みんなやってきたこと」が飛び交う。

  • 和田さんが成人式に参加できなかったことをブログでキレていたのは、それで後輩たちが参加できるかどうかにかかわらず、何か作用はしているはず。

  • 男性性と結びついている面がある。「風邪で休めないサラリーマン」はアイドル時代の自分だった。いつも笑顔でいないといけないとも思っていて、ごちゃまぜの根性論になっていた。

エンタメとマジレス

  • エンタメ業界とマジレスは食い合わせが悪い。「水を差すな」「空気が悪くなる」になりやすい。

  • 例えばエイジズムの問題があるコメントをメンバーがするとき、ほかのメンバーやファンが笑って流しているとそのノリが続いてしまう。水を差そうがとマジレスすることが大切。

  • 運営等への批判とアイドルの応援は両立できる。批判すべきことは批判するほうがいい。

アイドルファンにできること

  • ムード作り。発信してムードを変えること。
    問題が起きたときにファンの人を責める必要はないが、必要な批判をしてムードを変えることはできると思う。

  • 意見や発信への反応。普段アイドル界で話されないことでも、意見を言ったときに応援があると心強い。何か発した時には応援メッセージを積極的に伝えてほしい。

感想にかえて-アイドルを支えるもの

鼎談の中で、人気が可視化されやすく、それを自分の価値だと認識してしまいやすい現在のアイドルについて、どう認識を変えるか、という話がされる場面があった。
明確に語られたわけではないが、問題意識の根本には、人気は様々な要素が関わるため人気を向上させる努力には困難がともなうこと、特に小さな現場で人気を上げようとすると性商品化を促進しかねないことがあるのではないかと思う。

これに対し、竹中氏は人気が最重要視される一般的な日本のアイドルを前提に、パフォーマンスに意識を向けることを提案する。

確かに、努力で向上し得るパフォーマンスを評価し、パフォーマンスを自己の価値ととらえるあり方は人気を価値としてしまうよりはマシだろうと思う。
鼎談で「パフォーマンス至上主義」といわれたハロプロは、伝統的にパフォーマンスが上手い子が人気を集めやすい傾向にはある。ハロメンもそういうハロプロが好きで入ってきた子が多いことや、和田彩花がいうように特にコロナ前にはほとんど毎週のように複数回の公演を行うスケジュールも手伝い、パフォーマンスに意識を集中しているように見えるメンバーは多い。ただ、「至上主義」というほどパフォーマンスのみで人気が決まるわけではないし、(原因は別としても)心身の故障で辞める子も、問題行動が発覚し謹慎・脱退につながることもある。
いくらかマシではあるにせよ、とても理想的なあり方とは思えない、というのがハロヲタの末端にる私の正直な感想だ。

また、パフォーマンスは努力による向上が見込めるとはいえ、ある時点でのパフォーマンスにはメンバーにより差がある場合もある。
ハロプロであれば同期でも研修歴に差があったり、オーディション組で歌やダンスの経験がほとんどないなど、デビュー時点で差があることは珍しくない。いくら努力で向上が見込めるといわれても、現実にその差を埋めることはそう簡単ではないだろう。
努力の量が価値だ、というのは誰にも開かれているようで、実はその時点で下位に置かれる子にとっては人気とそう変わらないきつい指標足り得るのではないか、という疑念を拭いきれない。

そもそも論を振りかざすならば、人の価値なんかあるに決まっているのに、何でそれを人気のような他者評価や努力によらねばならないのか、とも思う。
「人気至上主義」も「パフォーマンス至上主義」も、それをその人の価値にしてしまう限り、誰しも一人ひとり、それぞれに大事で愛されるべき人だということを等しく見失ってしまうのではないか。

もちろん、パフォーマンスを磨くことは、それを見せることを商売とする上では必要不可欠で、努力は尊い。それを自分の価値として誇り、魅力とするアイドルはいていいし、私だって好きだ。
だが、それはそれとして、もっと別の考え方を導入していく必要があるのではないかと感じた。

そのヒントとなるのは、例えば和田彩花がいう「ファンはその子のいいところを見てくれる。それを発信して本人に素晴らしいと伝えてほしい」なのではないか。
人数は仮に少ないとしても、その人の魅力を見つけたファンはいるはずで、あなたのこういうところが好きだよ、素晴らしいよ、と伝えること。
シンプルかつファンの役割の重さにめまいがしそうになるけれど。

もちろん、そのシステムが健全に作動するにはいくつかの条件があろう。
さっと思いつくところでは、例えばアイドル自身の自己開示の方法に一定の真実性を持たせるか、虚構であることを明らかにして自己開示をするか、いずれにしてもそれを褒められたときに本人が自分や自分で選んだものを認められていると実感できる形にしておく必要があろう。雑誌でハン・トンヒョン氏が取り上げていた記事のように、良く見せすぎると結局はアイドル本人の首をしめる。
ファンの方にも倫理が求められる。肯定的に表現するには気を付けなければならない魅力もアイドルには存在するからだ。例えば、技術的には拙い子が元気に踊ること。ハロでいうなら研修生っぽいダンスだろうか。一生懸命で愛らしく思うのは間違いではないけれど、そこに留まることは本人のためにはならないだろう。自分が感じているその子のすばらしさを分析してチェックする必要もあるし、過不足なく伝わるように文章を推敲する必要もあろう。

こう書きだすと、ちょっと考えただけでも現実に作動するのかは甚だ怪しいが、それでも方向性としてはそれしかないのではないか、と思う。誰しも愛されるべき、素晴らしい一人であることを前提にしたアイドル界。

この感想を書きながら、なんだかんだこれってアンジュルムのあり方に近いのでは、と思ったりした。
うまくいったり、いかなかったりを繰り返しながらではあるけれど、お互いを受け入れてここが素敵って言い合う関係。ヲタもやっぱりたくさん失敗しながら、メンバーそれぞれの魅力があることを幸せに思っている関係。
いや、そりゃ、和田さんが長くいたグループだからそうなのかもしれないけど。

先日、ツイッターでアンジュヲタの野望は全人類がアンジュヲタになることで、「作ろうまばゆい愛の時代」を実現しようと狙っていると書いたらちょっとウケたのだが、このあとの歌詞は「それしかないよ実際問題」と続く。
アンジュヲタたる私としては、自分が歌もダンスもさっぱりわからないことに甘えてろくに褒めてこなかったところを改めて、好きなアイドルのいいところをできるだけたくさん発信しながら、アンジュヲタの野望をかなえるべく鋭意努力していこうと思う。

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