人生会議、それから・・・

人生会議への思い

2019年11月、厚生労働省が各自治体に発送する予定だった人生会議のポスターに私は厳しい口調で抗議文を出しました。
人生会議(ACP)の啓発ポスター、それはまるで「意思決定をしておかなければ死の瞬間後悔するかもしれへんで」というメッセージを感じるものでした。

ACP(アドバンスケアプランニング)とは、
患者や家族、医療者がこれからの時間をどう生きたいのか、どういう医療を受けたいのか、最後の時間も含めて話し合うプロセスであり、もちろんそのなかには「どういう最期を迎えたいか」も入ってきます。
大切なのは「話し合うこと」であり「決められなくてもいい」というのが特徴です。

ACPはがん医療の中では徐々に認知され始めており、がんという病気と向き合うなかでどう生きていくか家族や医療者と共有していくこと、その人らしく最後まで生きるために大切なこと・・・
もちろん全てが思い通りにいくわけではないけれど、話し合うプロセスがあることでお互いを知り共にその時間をより良いものにしていくって大切だと私は患者さんを支援する中で感じていました。

患者と家族と医療者が話をするメリットはたくさんあります。
例えばですが、患者と家族とだけではどうしても最期の時間を「ご自宅」なのか「医療機関」なのかということになりがちです。
しかし、患者も家族も「ご自宅」を願っていたとしても叶えられないこともたくさんあります。
例えば「呼吸苦」が出てしまいご自宅で体勢を頻繁に変えなければならないことや、患者が苦しい姿を見せることで家族が精神的に追い詰められる場合もあります。
逆に患者が睡眠すらままならない家族を見て辛くなる場合もあります。
そんなときに「自宅で」って決めたじゃないかと、意思決定を大切にするために辛い時間を送ってしまうこともあるのです。

そこに医療者が入ることで「今の患者さんの体調ではご自宅ですごくのは辛く、医療機関に任せてもらえないか」という医療者としての意見も入れることができます。
「患者の願いを叶えられなかったけど、これは医療者の目から見ても止むを得ないことだったから仕方がない」として、「希望を叶えられなかった」苦しみから少し家族を救うことになりもします。
医療者も患者や家族と話を積み重ねることで「患者さんと家族が希望される形を知り」「その意に添えない場合もきちんと事情を説明して合意をとれる」というメリットもあるのではと。

繰り返しになりますが、私は患者さんを支援していてACPというプロセスが大切であることを思っていました。
患者さんのなかには病気がどんどん進行しているのに家族に心配をかけたくないと伝えられない人も多くおられます。
そのときには「あなたも家族に話せないのは辛くないですか」「家族の立場で考えるともっと早く知っていればって辛くなりませんか」としてACPを紹介することもありました。

あのポスターはACPの本来の意味を伝える手段としては適当ではない(むしろADについての説明であれば納得がいく)。
そして自治体の病院等々でも張り出されるならば病が治ることなく死を身近に感じて辛い思いをしている患者さんが見るかもしれない、そのときにどう受け止めるだろうか。

ただ、私の要望の仕方が悪かったのか本意が伝わらず、テレビの取材で何時間もかけてACPとはなにか、ADとはなにか、も含めて説明をしても、そのあとに記者からくる質問は「小籔さんにたいしてどう思いますか」「あれが福山雅治さんでも同じように思われますか」といったものであり、絶望することもありました。
そしてどれだけ説明を尽くしても報道には時間の制約があり、私自身はACPというプロセスには賛成しているということを伝えてくれたところは少なく、記者さんにお渡しした海外のACPの啓発資材も取り上げてくれたところは少なくて、ただただ反対したということだけが流れました。
(もちろん視聴者を混乱させないように対立させる方がいいという意図はわからないわけではありません)
Aという質問に対して答えた言葉をBの質問で答えたように編集されて流した番組もありました。
取材してくださった方に電話をしたら「視聴者にわかりやすく問題を伝えるため」「放送には時間の制約がある」といって「流したものは仕方ないでしょ」と開き直られて・・・媒体を選ばず取材を可能な限り受けようとした自分の甘さを認識しました。

炎上

やがて多くの方からお叱りの電話やメールが届くようになりました。
全がん連の役員の方がわざわざ私の悪口を投稿しているTwitterアカウントを教えてくれたりもしました。
患者会のホームページで私が要望に至った思いを投稿したりもしましたが「要望書からは読み取れない」「後出しでいい人を気取るな」と炎上が増すばかりでした。

やがて、さらに辛いことが起きました。
あまりにも悪質な投稿を繰り返すツイッターアカウントなどに対し、公開請求をして法的に訴えるという姿勢を見せたところ、親しくしていた患者さんから電話があったのです。

その患者さんは炎上以降、毎日のようにお電話やTwitterのDMで私のことを心配して「ご飯食べれてる?」「気にしなくていいんだよ」「応援してるね」と声を掛けてくれていた人でした。

電話の内容は、その日にツイッターで法的手段も辞さないと投稿したのはどういうことかという問い合わせでした。
私は弁護士さんと既に相談をしていること、公開請求をかけて相手を特定して警察に訴えるなどといったことも含めて本気で検討をはじめたことを伝えました。

すると彼女は8つものアカウントを利用し悪意あるツイートや私に誹謗中傷のメールをしていたこと、また匿名掲示板にも多くの悪口を書き込んでいるということを謝罪しはじめました。
私の身近な人間が投稿しているとバレないようあえて嘘も紛れ込ませて投稿していた手口まで話したのです。

そして彼女はこう言いました。
「家族に迷惑をかけたくないので法的手段に訴えるのはやめて欲しい」
「私はいま治療中でストレスを抱え込みたくない」

患者さんを支援することだけをただただ13年以上やってきた私は治療中と言われると拳を振り上げることはできず、彼女を訴えることができませんでした。
彼女と話し合い、使っていたアカウント、メールアドレスを教えてもらい、今後彼女は2度と私の悪口をネット上に書かないこと、そして私とは一切交流をしないというお約束を書面でさせていただきました。

もちろん彼女以外にも私への厳しい声をネットで書かれる方はいましたし、なかには匿名掲示板に私の電話番号を晒す人もいました。
日々患者さんの話を聞いていた患者会の電話には、セクハラまがいの気持ち悪い電話が毎日かかってくるようになりました。
クリスマスイブに私は電話会社のカウンターにいました。
電話番号を廃止するしかありませんでした。
私の至らなさから起きたことなのだとわかっていても悔しくて涙がこぼれました。
もう私は法的手段に訴える気力も失っていました。
私が悪いから仕方がない。
もっと丁寧に伝えるべき努力をしなかったのだから叩かれて当然。
もう自分自身は卵巣がん患者を支援する資格はないのだろう。
年末年始のおやすみには考える時間が有り余るほどあるわけで、どんどん自分のことを責めている時間が長くなりました。

そして私は言葉を失った

それでもときどきですがTwitterやFacebookに投稿しなければと思いを投稿しました。
「あなたは悪くないよ」「なにもできなくてごめんね」
そんな優しいコメントさえも「表向きそういう優しい言葉をかけて自分は優しい人間であるというアピールか」みたいに悪く受け止める自分がいました。
そしてそう思う自分だからバッシングされたんだとさらに苦しくなりました。

じゃあ私は何を期待して投稿しているんだろう。
いまはどんな言葉を受けても辛いというのに。

やがて・・・・

Twitterに何か投稿しようとしても言葉が入力できなくなりました。

Facebookに何か投稿しようとしても言葉が入力できなくなりました。

あれだけ毎日文章を打ち続けていた私の手から言葉が産まれなくなりました。

そして変わらぬ日常を送る人たちを見るのが辛くなりました。

スマートフォンからSNSのアプリを消しました。

常に脳の中に溢れかえっていた言葉が消えました。

私は言葉を失ったのです。

それから

「相談電話を復旧してもまた同じ被害に遭う可能性がある」
そう言われ電話番号はまだ復旧させていません。

患者さんの相談はメールで受け付けていますが騒動以降は信頼が地に落ちたのか相談がほとんど来なくなりました(1月は10件ほど)。

昨年引き止められる形でずるずる患者支援を続けてきましたが、1月のおしゃべり会でもう患者支援を終わらせてしまおうと思いました。
新宿のおしゃべり会で人生会議の件について参加者に尋ねられました。
最初はたいしたことないよーって笑って済まそうと思いましたが、無理で、吐き出すように辛い日々のことを話していました。
気付いたら参加者全員が私の言葉に耳を傾けてくれていました。

皆さんのお話を伺う場で私のために時間を使っていただいたこと、人生会議の件でみなさんにも迷惑をかけてしまうのでもう続けられない・・・私の言葉に参加者が「それでもこのおしゃべり会だけでもいいから続けて欲しい」と言ってくださいました。
3月のおしゃべり会の募集を1月半ばにお知らせしたらあっというまに満席になりました。
多くが1月の参加者で・・・きっと彼女らの応援なのでしょう。

私は2018年秋に見つかった持病の治療を続けながら、気持ちはときどき苦しくなったり波があり、堪えきれないときは医療の力をかりながら日常生活をなんとか送っています。

Twitterのアカウントは黙って削除しました。
もう1ヶ月以上経っているので復旧もできません。

前に使っていたnoteもコメント欄が罵詈雑言で埋め尽くされたのでアカウントを消しました。

Facebookも自分の投稿はすべて非表示にしました。
アカウントは残していますが、電話番号など失ったいま多くの人は私への連絡ツールをもっていませんからツールとして残っているだけの状態です。

LINEは息子以外からのメッセージは見ない設定にしています。

10年前は私がいなかったらどうなるんだくらいのことを思っていました。

実際は私一人いなくてもみなさんの日常は変わらないと気付きました。

前は自分が死んだときに誰も泣いてくれないのは嫌だと思ってました。

今は自分が死んでもそっとしておいて欲しい、むしろ忘れててと思います。

先日銀座で信頼できる医師と、今回人生会議で多大なるご迷惑をおかけした記者さんと小さな食事会をしました。
いま人生迷子中という私の気持ちを先生はとても理解してくれました。

これからについて全て未定・・・いまそんな感じの日々を送っています。
次年度の仕事も受けているのは、11年続けてきている臨床試験雑誌の連載と、7年非常勤講師させていただいている大学の講義のみです。
カレンダーがこんなに真っ白なのは卵巣がんになったときだけかもしれませんね。

今朝起きたときに、ふと、いまなら私の手が言葉を紡ぎ出せるのではないかと思いました。
でも、ここまでの長い時間で私は知っていますが、書くのって訓練なんです。
だから久しぶりに紡ぎ出す言葉はとても稚拙でリズムも悪く人に見せるに至らないものでしょう。

そもそも私のこの新しいアカウントを知っている人はいません。

だから誰にも届かないかもしれない。

だけどちょっとだけ今の私の思いを書いてみました。

今の私は厚生労働省に要望したことに対して後悔をしてはいませんが「別に私がせんでもよかったんかもな」とは思っています。

「片木さん要望お願いします」
そう言った医師が掌返して「声の大きい患者会の意見だけ聞くのはおかしい」と患者会を叩いていました。

誰にも当たり障りなく空気読んで生きていくんが一番賢いんでしょうね。
面白さ0%の人生になりそうですけど。

炎上しても、あなたに酷いことをいう人ばかりではない。
応援してくれている人もいっぱいいるじゃないか。
そういう声もいっぱいかけられましたが、実際、自分の心に刺さるのは厳しい言葉ばかりでした。
そういう人ばかりではないとわかっていても実際ポジティブに状況を捉えるのは難しいと痛感しました。

ま、これ以上はキーボードからはぼやき以外の言葉を紡ぎ出しそうにないのでここまでで。
失礼します。

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2004年4月に卵巣がんと告知されました。2018年には原発性アルデストロン症に。ここでの発信は個人の発信であり所属している組織の公式な意見ではありません。