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「ライター」が「記者」という肩書を得て気づいたこと

先日、新しくお世話になることになったメディアの初取材をしてきました。

そもそも私はいわゆる「WEBライター」的な色が強く、取材経験自体が著しく少ない。そんな中でも、これまで行った数少ないインタビューは自分自身の思いや解釈を付加する「インタビューコラム」を執筆するためのものでした。

そして、この度新たに携わることになったメディアは…「新聞」。
紙で印刷する「新聞」ではなくWEBでの配信となりますが、「ニュースメディア」です。

作っていただいた名刺も、肩書は「記者」
・・・記者だって。私、記者だって。(むずむずする)

主観はいらない。求められているのは事実。
文章の構成はこんな感じ。
ひらがな表記と漢字表記のルールはこの本に従って。
ゆるやかではあるものの、文字数指定もある。

ガイダンスを受けながら「へ~!へ~!!」という新鮮な驚きやワクワクを味わいつつ、ちょっとだけ不安だったことがあります。
それは「主観を排除したときに、楽しさを見出せるかどうか」

かつて受講した一田憲子さんによる「ライター塾」でも、「自分を出す/出さない文章」という表現で、その両者を書く上でのポイントや考え方などを教わりました。
その中で、一田さんは「自分を出さない文章を求められていたとしても、同じ情報を前にしたとき、どこに焦点を当てるかによって、その人ならではの視点が浮き上がってくる」とおっしゃっていました。

▽ライター塾についてはこちら・・・

受講したとき、「その通りだ」と思ったし、「へ~こっちの世界も面白いなぁ」とは思っていた。
でも、今回はそこにさらに書き方のルールという「お作法」が加わる。

…となると、自分が果たして面白みを見出せるか、不安だったんですよね。
しかも、「自分を出さない=誰にでもできる仕事なんじゃない?」って。

で、実際取材にお邪魔してみてどうだったか。
ーーお話を聞くのも書くのも、とっても楽しかったんですよ。

これまでは心情の接点を多く見つけながら解釈を加えていったけれど、
今回の仕事は、まず「事実」をどれだけ持ち帰れるかが勝負。
心情の接点を見つけても、そこをフックに事実の面積をできる限り広げていかないと何も伝えられない。
これが新聞における「取材力」なんだな。

私、「書くことが好き」と自分の興味を括っていましたが、たぶんそうじゃなくて、「伝えることが好き」なのかもしれない。
だから今回、制限された中で「どう伝えるか」を考えるのもなかなか面白い。

「記者=淡々と伝える」という概念を覆す経験でした。
これはやってみないとわからなかった。

制限の中で、何をどうしたら今日の「私」のワクワクを行間にに紛れ込ませることができるのか。

簡単だとは思っていなかったけれど、想像以上に奥深そう。

っていうか、このスタンスを忘れずにいたら、もしや仕事も暮らしも楽しくなるのか!?と今これを書きながら思いました。
あらゆる制約の中で自分のワクワクをどうねじ込んでいくか。
自分らしさをどう滲ませるか。

あらゆる場面で使えるぞ。
できたら最強だな。


▼さらに仕事が進む中で感じたことをまとめた「続編」はこちら

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