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消えたい、と思う時

「消えたい」と思うことがよくある。

消えたい、は死にたいとはちがうんだ。

たとえるなら、この地球ゲームから降りたい、この盤面から去りたい、って感じ。ゲームリセットしたい人と心境は一緒かもしれないけれど、リセットできると思ってないから、自分だけゲームから降りたい。

ゲームをリセットしたい、っていう人は、自分にはリセットできる力とか権威とかが本来あると思っているんだろう。でも、こっちはゲームはこちらのコントロールの手の届かないものと思っている、リセットする力はないと思っているんだ。

ゲーム進行が思うようにいかなくて、自分に出る目も悪いのばかり、一発逆転をねらうも外れ、どんどんドツボにはまっていく。そういう人生ゲームをしている気分。盤面にかいてある出来事は変えられないでしょ。なんかそんな感じ。

勝ち方を知らないアホ、って言われているような気持ちになる。なんでこのゲーム上に置かれたのかもわからず、ルールもテクニックも知らないまま。

あ~~あ、やめやめ!って盤面をひっくり返せないのは、他にもゲームしている人がいるから、迷惑かけちゃうでしょ。だからひっそり降りたいの。

そこ。その優しいところ。それが自分を苦しめる。ゲームをちゃらにもできないし、消え方もわからないから、ずっと盤面に立ち尽くしている。

でもどうやら、盤面をひっくり返してもいいみたいよ。

私もまだ、それを知りつつある途中なので、ぜったいそうとは言えないのだけれど。

ひっくりかえしたら申し訳ないな、って思っている相手はよーく観察すると、ゲームをしている人じゃなくて、盤面のその人のコマで、ひっくりかえして床に転がるのはそのコマであってそのプレーヤーじゃない。

そして、盤面は力づくではひっくり返らない。裏側からゲームを観れたときにひっくりかえるみたい。下面が上になるでしょ。表は光があたっている。裏はあたってない。でも、表の盤面を動かしているエネルギーは、実は裏にある。表側から落ちてしみこんで裏側にたまった感情のエネルギー。

それが磁石のように裏から表を操作している。

だから、表のゲームで感じていること、思っていること、その底の底にある自分の真意、それに光をあてる。そうすれば、裏面が表になるんだ。

どうやって光をあてるか?

それはただひたすら、自分に問い続ける。本当に望むものは?それはつまり
なに?それを手にしたらどうなる?それはなに?どうなる?ずっとずっと。

綺麗じゃないもの、どろどろの自分が出てきても、やめずにその先まで。泣き叫んだり、怒りが爆発したりするかもしれない。でもその先まで。

ひっくり返るときに、盤面上の自分でなく、盤面を眺めている自分が見えるかもしれない。


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