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メディアとしての「きもの」~特別展「きもの KIMONO」@東京国立博物館

東京国立博物館へ「きもの」展を観にゆく。

トーハク、大好きな場所なのだけれど、なかなか駅から遠い。ふうふう言いながら歩いていく途中にも、粋な着物姿のお姉さん達とたくさんすれ違う。私も朝、一瞬着物にするかどうか考えて、早々に諦めた。トーハクは敷地も広い。ウォーキングのつもりで、ジーンズにスニーカーで出かけるのが、展示に集中するコツだ。

敷地内へ入り、日本最古とも言われる大きなユリノキに挨拶をして、奥の平成館へと進む。平日の午前中に時間予約をして出かけたけれど、注目の展覧会だけあって、流石に混んでいた。オペラグラスを持って、展示されている着物の細部まで、じっくり鑑賞している人もいる。

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入り口で目録を受け取って驚く。展示品の番号が、294番までふられている。膨大な数の着物に会えると思うと、胸がときめく。同時に、ポイントを絞ってどんどん見ていくべし。と今日の方針を決める。仮に1枚につき30秒間足を止めたら、それだけでもう、2時間半かかる計算だ。会場には、混雑防止のため、滞在時間は90分間に収めてくださいと注意書きがされている。

学芸員さんに鉛筆を借りて、印象的な展示品は目録に印をつけながら、どんどん見ていく。

最初に印をつけたのは、安土桃山時代の小袖。紅色の地に、雪が積もった橘の枝が描かれている。オレンジがかった紅色が美しく、ぽかんと口を開けてガラスケースの前に立ち尽くす。古い着物たちは、予想していたよりも遥かに色鮮やかな存在感を持って迫ってくる。

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源氏物語の世界観を、細密な絵柄と文字で表現した着物。尾形光琳のデザインによる、ほとんど絵画のような着物。次々と目の前にあらわれる百花繚乱の世界観に圧倒されながら、着物の歴史を辿っていく。こんなに迫力のある展覧会だとは正直、思っていなかった。

時代が下ると、着物の形や柄にも、さまざまなルールができていく。礼装用の着物と、日常の着物。身分や役職に合わせて、素材や色も異なる。江戸時代、天璋院篤姫が身につけていた着物には、彼女が愛した雀の刺繍が施されている。

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これはもう、メディアだなと思った。

着物は単に体を包む布ではなく、身につける人が所属する社会階層や自分の立場、愛読書や好きな動物、どんな世界観で生きているかまでを表現する、メディアのようなものだったんじゃないだろうか。

現代のように、誰もがスマホを持っているわけでも、SNSがあるわけでもない時代、人びとは美しい景色をスマホのカメラで撮影し、SNSで投稿する代わりに、絹織物に刺繍して身にまとった。もちろん、さまざまな制約の中で自由にならないことも多かっただろうけれど、着物は彼女たち(彼ら)にとって、きっと自己表現の手段だったのだろう。

そんなことを思いながら展示会場を巡っていると、着物の1枚1枚が、意思を持って語り掛けてくるような気がする。今、私たちには自己表現の選択肢が無数にあって、それは間違いなく幸せなことなのだが、選択肢が限られていたからこその濃密な美があったのではないかと思わずにはいられなかった。

90分間、目一杯時間を使って展覧会を後にする。もっとじっくり見たい着物もたくさんあったので、図録を買った。全400ページに及ぶこの図録がまたすごい。着物の全体像と模様の細部が見られるよう工夫されていて、巻末にびっしり並んだ四段組みの展示品解説は、もはや着物図鑑の様相を呈している。これから、着物を選ぶときにはこの図録を参考にしようと思うほど。

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博物館限定の、リラックマコラボグッズも売っていたので、思わず買ってしまった…

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本当は常設展も見ていくつもりだったのだが、きもの展があまりにも充実していたため、また次の機会に。トーハクに来ると、毎回同じことを繰り返してしまい、なかなか常設展までたどり着けない。とにかくよく歩く博物館なのだ。

「きもの」展は8月23日(日)まで、国立東京博物館で開催されています(日曜美術館風に)。事前に予約の上、ぜひお運びを。

https://kimonoten2020.exhibit.jp/



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