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ロマン

「ヘイ、過去の僕よ。15年後の君だ。
落ちている棒を拾っては振り回しているかい?
リセッシュとかをシュッってする時に構え方がガンマンみたいになってないかい?
秘密基地作って、友達と楽しくやっているかい?」

仕事の関係で毎日遠方まで車で通勤している。
車での移動は慣れるとそうでもないがやはり疲れが来る時もある。僕はそういう時、車が嫌にならないように洗車をする。大体月一で洗車している。
なんだかんだで仕事のストレスも解消される良い習慣だ。

今日も仕事帰りにいつものガソリン代がリーズナブルなガソリンスタンドに寄って洗車をした後、足回りのゴミが目立ち始めたので掃除機もかけて帰ることにした。ここのガソリンスタンドで掃除機をかけるのは初だ。100円で5分間稼働してくるタイプだ。

いつも以上に力を入れて足回りの掃除をしていて全くそこに目がいかなかったっていうのに、掃除機を使い終えた後、ホルダーに入れる時に気付いてしまった。

「あれ、これショットガンじゃないか、よく見たらソードオフショットガンじゃないか」と。

もうこうなったら止まらない。
誰もいない中、財布から100円を入れて電源をON。少し当たりを見回しつつ掃除機を構える。
おお、サマになってる。そんな気がする。
核戦争の後の世界とかの荒廃した世界にいるよ、こういう人。

筋トレして前より少しガタイ良くなったからかな。これ、モヒカンで肩トゲトゲのヒャッハーな奴とか倒せるよ俺。
北斗の拳でもマッドマックスでもいけるよ俺。肩当て落ちてないかな。

ショットガンの引き金を引いてみる「プシュッー‼︎」という音と共に空気が勢いよく飛び出す。

本来であればゴミを吹き飛ばす用の空気を出してくれる所だ。掃除機に顔を近づけていた僕は顔目掛けて勢いよく噴射された空気に声を出して驚く。
今は冷静に考えて説明出来ているが、その場にいた僕は掃除機に夢中だった。
いや、冷静じゃないな、掃除機の事さっき「ショットガン」って書いてますもんね。

稼働時間の5分が過ぎてしまった。
しかし、俺は止まらない。幼少期に乗ったゲームセンターに置いてある100円入れて乗ると縦に揺れたり前後したりする音の出る子供向けの乗り物と同じだ。あの頃の僕は祖母に「また乗りたい」と泣きながらせがんでいたが、今は違う。僕は社会人だ。そう、お金がある。

また100円を入れる。またゴォンゴォンという音と共に稼働し始める。俺の時間が始まった。

さっきから一人称が乱れまくっているくらいに僕は掃除機に夢中だった。また構える。写真を撮りまくる。
誰も撮ってくれないから仕方ないのだが銃を持った手元だけだ。でも満足。最高だ。

深夜に一人男が掃除機に夢中。ずっと触っている。幸いにも他のお客さんがいないからずっと掃除機を触っていた。
というか、僕が掃除機に夢中なのを遠目で見て誰も来なくなったんじゃないか?ガソリンも入れなければ洗車もしない。あと2台余った掃除機を使いにも来ない。
でも知ったこっちゃない。俺は今ロマンを感じているんだ。

そんなこんなで1時間経ってしまった。
後半はホルダーに入れたり出したりしていた。
頭に映画「タクシードライバー」の台詞が浮かぶ。

「体に力が漲ってきた。中世の国王でもこれほど充実した気力を持った者は居ないだろう…」
「俺に用か?なんだよ?俺に用なのか?」

トラヴィスばりに手元の存在に夢中になっていた僕は監視カメラの存在をガソリンスタンドから帰るタイミングで知ることになる。そりゃあ、ガソリンスタンドに監視カメラは必ずあるだろう。近場で重宝していたけど半年は同じ店に行けない。

だけど、僕の心の中の少年は満足しているような気がした。

「ヘイ、過去の僕よ。15年後の君だ。
君は今後色々な人に会って良い目にも悪い目にも遭って、性格も捻くれる。ねじり揚げパンも悲鳴を上げて逃げていくくらいに捻くれて生きていく。
でも、ロマンを求める心や、そういう時に変なとこで我慢出来ない所は変わらない。ネタバレになるが君は残念なくらいに全然モテない。恋愛も破綻しやすい。涙で枕を濡らす夜もあると思う。
だけど自分が何をしたら楽しいか、幸せなのかはよくわかってるから安心して欲しい。虚無を抱える事は無い。そのまま進んでいくんだ」

締めを素敵にしようとしたが、無理だ。
出来るだけ早めにお値段がリーズナブルな他のガソリンスタンドを探さないといけない。参った。

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