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奇天烈な本

説明することなく、いつしか物語が始まり、否応無しに終わっていく、そんな小説が好ましい。いつ何処で誰が、なんて現実的な始まりは閉口だ。そんなものは実際の生活で事足りているし、実際の方だって、もっと奇妙な事もある。夢か幻か、見も知りもしない国や場所で唐突に偶然に物事が展開して、実は必然であったという人生もしくは世界の理や真髄を内包していて欲しい。それに気づかされ、途端に人間そのものや身近な誰にも起こり得る、自分自身にすら関係するようなことをいわんとする小説こそ賞賛にふさわしい、とマイノリティ側の私は思う。

そういう意味では、この「紙の民」と「図書館島」という2つの練りに練った処女長編と巨匠の傑作「誕生日」はどれも、危うくあちら側へ持っていかれそうになる代物だ。ただ、先の2作はもちろん、そっち?こっち?と落としどころが無難もしくは雑になるところもあって、両者の憧れている作家たちなら、作者や主人公側に筋を戻さず枝分かれもさせ過ぎずに綺麗に向こう側で物語を完了できたのではないかと感じてしまった。

当然ながら代表作をも凌駕すると言われるほど、非の打ち所のない文豪の「誕生日」をここで同列に語ることは到底できないが、単に私が最近この3冊を、それぞれの秘められた力を持つ題名と美しいビジュアル装丁に絆されて立て続けに読んだこともあって、もちろん三者三様に類稀な魅力があることに違いはない。

「紙の民」はとにかく、ライムやアンモニア臭が立ち込め、焼け焦げや切り傷も絶えないし、手足がベタベタしたりカサカサしたり、何しろ描写が直球で目や鼻を刺激して来るし、五感すべてを攻めて来る。馴染みのない形容がぶっきらぼうで新しく、南米らしい砂埃舞うような粗野な感じさえ漂って来た。絵がよく浮かぶ、ウェス・アンダーソン監督あたりなら上手く映像化できるのではとも感じた。https://www.amazon.co.jp/dp/4560081514

「図書館島」は世界各地に移り住んだ経験と言語学に長けた作家だけに作り込んだ架空の島の地形や歴史、宗教、政治、民話、方言までも周到に用意され、また語りべこそ違えども千夜一夜のシェヘラザードよろしく目眩く物語が劇中劇の入れ子のように語られ、語り口までもがその都度語り手の表現能力に合わせて変わるという言語フェチ的戯れぶり。

特に煌めく色彩豊かな情景描写が素晴らしく島の港街の異国情緒溢れる物や人の賑わう様子を見事に活写する。また太陽や月、風や波、霧、そして山や木々の緑、花たちが織り成す光や影など自然も自在に操れる。世のストーリーテラーに言われる、物語上手が文章上手とは限らないという定説を裏切ってくれる、そういう意味で待望の大型新人と期待されての冠なのだろう。https://www.amazon.co.jp/dp/4488016642

過去、現在、未来、螺旋状に繋がる時間。よく、後ろではなく前方に見て来た、歩んで来た過去があり、後方にまだ見ぬ未来があるのだと聞いたことがある。塞がれた内なのか、それとも何処までも壁やカーテンなどの仕切りもない外なのか、無のような闇を瞬間移動できるような極めて流動的な揺らぐ空間。愛するもの、いや好き嫌いとは無縁のゆかりある者と互換し得る自分。あらゆる時間軸の自分自身はもちろん他者とも合体・一体となる身体と精神。ん〜、深い。死人に口無しと言えなくなるではないか!この「誕生日」に冠を与えては不都合な大人たちが大勢いたと言うことだろう。https://www.amazon.co.jp/dp/4861824036

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