村上春樹が大好きな村上主義者

現実を生きるだけでは足りないし、フィクションの中にいるだけでも足りない。
じゃあどうやって生きていったらいいの?どちらに行っても、つまんない生き方しかできない気がしちゃって。
現実でも、フィクションでも、中途半端だよ。
何にも褒められたこと何一つしてない。村上主義者だけど、
はるきさんにこんなにたくさん助けられてるのに、私は社会のためになんにもできてない。
はるきさんがいなくなったら、私はどうなるんだろうね。そしたら自殺するしかないかもな。
もう生きてく価値ないって認めるしかない。はるきさんの本を読めるってことが、私の楽しみで、生き甲斐で、
乾いた心に水を与えてくれるものなんだよね。じゃあ私はどうしたらいいの?
これから生きていける気がしないのよ。本当に。
バイトも落ちたし。もう何もできない。早く仕事探さなきゃね。だめだね。
このままじゃ生きてる感じがしない。やっぱりお金がないと不安だよね。自由がないし
なんでもいいからやるべきなんだよねほんとだったら。
枯れ果てた私を生き返させてくれる本って、そんなになくて、限られていて、
そういうものがあったから私は生きてこられたんだよね。死にそうなときに、助けてくれたから。
はるきさんがいなくなったら、村上主義者みんなで集まって、自殺しよう。
みんなではるきさんのところにいこう。それでまた新作書いてもらうの。
黄泉の国で、そこでしか味わえない最高傑作を。
みんなではるきさんをとりかこんで、それではるきさんは私たちに一日に一話ずつ、新しいお話をしてくれるの。
私たちはそれを楽しみにして待つの。はるきさんの語る物語を聞くのを。
それって最高。黄泉の国でしか会うことができなかったはるきさん。
そしていつまでもいつまでもくだらないはるきさんの冗談まじりのユーモラスなお話を毎日毎日聞き続けるの。
それを聞き続けるかぎり私たちは生きていけるし、だってはるきさんのお話は、枯れた私たちに注がれる唯一の水なんだもの。
それがなかったらね、生きてくことさえできないんだよ。水がなかったら、花は枯れちゃうんだよ。
それだったらしょうがないでしょう?
私は幻想のなかにはるきさんを見る。はるきさんは優しく微笑んで、そしてまたのんびりと、日向ぼっこしてる。
暖かそうな、春の日に。太陽に照らされながら。私はそれを見て安心する。
ああ、これで私はもう大丈夫だって。もうこれで不安になることはないんだって。
肩をなでおろす。ため息をつく。安堵が広がる。
はるきさんの紡ぐ物語があったら、私は一生記憶を失うことはない。一生迷うこともない。
ああ、もう大丈夫。ありがとう、はるきさん。
真夏の太陽に照らされながら、私は世界をかたちづくってるすべてのものたちに感謝する。
はるきさん、あなたにこの曲を捧げます。チャイコフスキーの「偉大な芸術家の思い出のために」
私がこの曲を聴くといつも泣いちゃうのは、はるきさんを思い出しちゃうからかもな。
絶対どこかにはるきさんはしみついてるんです。それくらい、私の生活に入り込んでしまってるから。

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