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小説「15歳の傷痕」−7

- M -

「あいつら、神戸さんの悪口言ってるんじゃない?」

大村は少し怒り気味に、神戸に問い掛けた。

「アタシは…上井君からなら、悪く言われても仕方ないよ。だって理由はともかく高校受験直前にフッて、すぐに同じクラスの別の男子に告白して…。アタシ、わざと上井君の前で当て付けるように、新しい彼とイチャイチャしてたのよ」

神戸は思いの丈を吐き出すように、一気にいった。

「当て付け?そ、そうなんだ…。そこまでは知らなかったよ」

「その新しい彼も別の高校に進学したから別々になっちゃって。そしたら先輩のせいで怖いくらいの不良になっちゃったから、別れることになったんだけど、それは江田島で言ったよね」

「ああ、それはね。聞いたよ」

「上井君とは全然お話出来てないから、アタシの現状を知らないはずなの。だからアタシはまだ前の彼と付き合ってると思ってるはずなんだよね。だから大村君に合宿中に告白されて嬉しかったけど、すぐに大村君と付き合うのは…。アタシは今フリーだし、順番的には大丈夫でも、上井君にしてみたら、自分をフッて付き合った彼をもう捨てて、すぐにまた次の男子と付き合ってる、軽い女って思われちゃう。それは…嫌なの」

「プライド…だね、神戸さんの。だから上井の気持ちを聞いてみて、ってのが俺への答えだったんだね」

2人は神妙に話していた。その内、4人の姿が見えなくなった。

「だから、上井君と一度お話ししたいんだ。アタシのこれまでの気持ちとか全部話して、スッキリさせてから、大村君と付き合いたいの。やっぱりみんなの前では堂々としたいし。でも上井君は、フェリーではよく分かんない返事だったんでしょ?」

「うん。好きな女の子はいないけど、忘れられない子、手を出してほしくない子が一人いるって。それってきっと、神戸さんのことだよね」

「上井君もアタシのことを無視してるっぽいけど、意識はしてるんだね…」

「俺は何時まででも待ってるから」

「ごめんね。じゃあ、またね」

2人はそこで別れ、神戸は遥か前方を歩く4人の後ろをゆっくりと歩き始めた。

(アタシだって、本当はみんなと一緒に帰りたいよ…。どうしたら上井君と喋れるのかな…)

何を話しているかは分からないが、時々遠くの4人の笑い声が聞こえてくる。

(上井君のことだから、絶対彼からは特別な事情とかが無ければ、アタシには話し掛けてはくれないわ。だったら特別の何かを考えれば…)

と思ったが、これがなかなか思い付かない。上井をフッた後、同じクラスの真崎と付き合い、卒業式の日にわざと上井の前でイチャついたことで上井の態度が硬化し、受験の日、入学式の日や部活、合宿等で偶然数回目が合ったものの、その瞬間、

『お前なんか許さない』

とばかりに一瞥した後、すぐに目を逸らす上井の壁は高いと、神戸自身思っていた。真崎と別れたことも伝わってないだろうし。

そんな状態の上井が、新たに神戸と大村が付き合ったと知ったら、もう神戸は一生上井と喋れないかもしれない。しかも余計に憎まれながらだ。

(合宿で大村君の告白、断れば良かったのかな…。なんで付き合ってもいいけど、その前に上井君の気持ちを知りたい、なんて言ったんだろ。)

悩みながらゆっくり歩いていたが、宮島口駅にはその内に着いてしまった。

先に歩いていた4人は、宮島口駅構内に出来たたこ焼き屋でたこ焼きを買って、待合室で楽しそうに喋りながらたこ焼きを食べていた。

神戸は逆に彼らの視線に入らないようにしつつ、先に改札を抜け、ホームに入った。
丁度列車が来たが、4人はたこ焼きを食べているので、1本列車を遅らせるようだ。

神戸は先に列車に乗り、運よく空いた座席に座って景色を眺めつつ思った。

(いっそ、上井君をフラなきゃ良かった…。なんでフッたりしたんだろ。3学期に入って上手く喋れなくなって、誕生日プレゼントに付いてた手紙に頭に来て…。って、今考えたら大したことじゃないじゃん。アタシの誕生日を覚えててくれただけでも本当は嬉しいはずなのに…)

神戸は夕日に照らされた瀬戸内海と宮島を眺めながら、中学3年の3学期に遡って、自分の行動の是非を考えていた。

(上井君のことだから、3学期みたいな状況になったら、彼からアタシに話しかけるのは、照れて恥ずかしがって難しくなるのは分かってることじゃない。だったらアタシから話しかければいいだけなのに。アタシから何かアクションを起こせば良かっただけなのに。そうやって乗り越えて来たのに。何で3学期だけ、それをしなかったんだろう…)

大村に告白されて嬉しいはずが、却って神戸は過去に遡って悩み始めてしまった。

(上井君をフッたりしなかったら、今でも一緒に登下校したり、クラスや部活でも会話したり、時々何かが起きて悩んだりしただろうけど、それでも楽しい高校生活だっただろうな。時間が戻せたら…。この高校だって、上井君と一緒に、同じ高校に行こうねって言って決めたのに…)

神戸は上井をフッたことを後悔し、列車の中で涙が溢れてきた。


俺は、男女4人で話し続けているとこんなに楽しいんだ、と改めて感じながら、食べ終わったたこ焼きの入れ物をごみ入れに入れて、宮島口から列車に乗った。
車内でも喋り続け、周りからはうるさい高校生だと思われたかもしれないが。

この4人の内、偶然なことに、俺と伊野さんは宮島口駅から二駅目の玖波駅、村山と松下さんは三駅目の大竹駅で下車する。

「じゃあまた明日〜」

「バイバーイ」

と言い合って、俺は伊野さんと玖波駅で下車した。

「伊野さん、同じ駅だったんだね。今更だけど」

「アタシは最初から気付いてたよ、上井君と同じ駅なんだ…って」

え?本当に?俺はそんな言葉でも嬉しかった。

「もう、上井君、気付くのが遅ーい。罰として、アイス買ってもらおうかな?」

伊野沙織が、例によってちょっとだけ首を傾げるポーズで俺を見る。これが今の俺にはたまらない。

「あっ、アイス?うん、いいよ。何食べたい?」

「あはっ、冗談よ。でも中学の時は上井君とは喋ったことが無かったけど、お話しするようになったら、上井君って楽しい人なんだね」

「伊野さんとは部活も違ってたし、クラスも3年間一度も一緒になったことはなかったしね」

「これからも一緒になった時には、お話しようね」

「もっ、勿論!」

「じゃあアタシはこっちだから。また明日ね。バイバーイ」

「あっ、うん。バイバイ」

俺は自転車を押しながら、反対方向へと帰っていく伊野沙織の後ろ姿を眺めていた。

夕日に照らされた夏服が輝いて見える。

こんなに気持ちがワクワクするのはいつ以来だろう?

当然、今の伊野沙織が、俺のことを好きだとは思っていない。単なる同じ中学出身の異性の友達程度にしか思ってないだろう。

これから俺のことを好きになってもらえるよう、片思いを両思いに成就させるよう、頑張るしかないんだ。

俺は家に帰ってから中学の卒業アルバムを引っ張り出し、伊野沙織を探した。

「3年の時は…2組じゃったんか。村山と同じクラスじゃん」

クラスを確かめると、次に部活のページを開いた。もちろん、女子テニス部の部分だ。

「女子テニス部は…と…あっ、これが伊野さんかぁ。可愛いなぁ…」

女子テニス部の3年生は8人いた。後輩たちと写ってはいたが、3年生は試合用のコスチュームで写っていて、下級生は普通の体操服で写っていたから、すぐに分かった。

「こんな可愛い子がテニス部じゃなくて吹奏楽部に来てくれただけで嬉しいのに、神戸ショックでなかなか魅力に気付かんかったのはいかんなぁ。でも、少しずつ色んな話が出来るようになっていけば…。明日の部活も楽しみだな♪」

俺の頭の中はすっかり伊野沙織とどうやったら親しくなれるか、告白に漕ぎ付けられるか?に染まっていた。


神戸千賀子が通学の時に使っている駅は、宮島口駅から3つ目、村山や松下と同じ大竹駅だった。

帰りの電車の中で上井のことを考え、涙が溢れていたので、駅で列車から降りても、しばらくは駅から出れず、ハンカチで涙を拭いながらホームのベンチに座って、心を落ち着かせようとしていた。

すると夕方のラッシュアワーだからか、すぐに次の列車が到着した。

その列車から降りてきたのは、村山と松下だった。

「あれ!?神戸さんやん。どしたん?」

村山が驚いて声を掛けた。

神戸も、後続列車で村山や松下が帰って来る可能性をすっかり忘れていたので、驚いてしまった。

「あっ、村山君にユミちゃん…。この列車に乗ってたの?」

「うん。宮島口でたこ焼き食べとったんじゃけど、もしかしたらアタシや村山君のこと、待っててくれたとか?それはないか、どの列車に乗ってるとか分かんないもんね」

松下弓子は穏やかに言った。続けて村山が言う。

「ホームのベンチにずっと座ってたん?」

神戸はコクンと頷いた。

「何かあったんじゃろ?だから今日は俺たちとは別に帰ったけど、家には帰るに帰れない心境ってとこじゃろ?」

村山はいつもストレートに物を言う。松下弓子は、お母さんがもう迎えに来てるからと言って、ごめんねと言いながら先に帰った。

ホームのベンチで、期せずして村山と神戸の2人の状態になった。

しばらく沈黙が続いたが、先に沈黙を破ったのは村山だった。

「…昨日、伊野さんが言った言葉がショックだったんじゃない?」

「…ショックというかね、何でアタシは上井君と別れたんだろうって…」

村山は、上井が神戸にフラれてからの半年間の苦悩を知っていたからこそ、この神戸の言葉が半分は許せたが、半分は許せなかった。だが感情を爆発させるのは良くないと思い、冷静に話そうとした。

「そりゃあ、上井が神戸さんに対して、何か許せないことをしたけぇ、神戸さんも頭にきて上井をフッたんじゃろ?下駄箱で別れの手紙を預かったのは俺だし。なんで別れたかと言ったら、そこに尽きるじゃろ。フッてしもうたもんは元には戻せんよ」

「そうなの。それはアタシもよく分かってる。だけど、なんで中3の3学期だけ、上井君の手紙の、ほんのちょっとした言葉にあんなに怒っちゃったんだろうって。あれくらいで別れるなら、もっと前に別れる危機は何回もあったのよ」

「まあ2人が付き合っとった時期のやり取りまでは、俺は知らんけどね。真崎が先だったのか、上井の手紙で怒ったのが先だったのか。でも今になって伊野さんの言葉を機に、そこまで落ち込むってのは、上井に未練があるからじゃろ?他にも理由がある?」

「……」

「吹奏楽部のみんなは薄々感付いとるけど、大村が凄い接近してきよるじゃん。大村のこともあって、色々考えがまとまらんのと違う?」

「…うん。大村君からは、合宿の2日目の夜に告白されたの。その前から、クラスでも伊東君や上井君に聞けばいいような吹奏楽部の話とか、わざわざアタシに聞いてきたりしてたから、アタシのことを気にしてるのかなとは思ってたけど…」

「で、大村と付き合うことにしたん?」

「ううん、まだ。村山君ならもう知ってるよね、真崎君とはGW明けに別れたこと」

「嫌でも親経由で分かっちゃうよ」

「だから、二股とかしてる訳じゃないから付き合ってもいいのはいいんだけど、上井君の気持ちを考えると、すぐにOKとは言えなくて」

「まあそうだよな。神戸さんに失礼を承知で言えば、次々と男を乗り換えてる、としか見えないから。上井だけじゃなく、俺も含めて…ごめん、きつい言葉で」

「いいの。実際そうなっちゃってるから」

村山は合宿に出掛ける時の上井の言葉を思い出していた。

『誰かを好きになって傷付くのはもう嫌だ』

『俺のことを好きになってくれる女子はいない』

上井のネガティブさの裏返しには、神戸の一見自由奔放に見える恋愛経歴が影響しているのは間違いないと、今更ながらに思った。

「…大村からのアタックは、結構熱烈なんじゃろ?」

ちょっと間を開けてから、村山は聞いた。

「うん…。あとはいつアタシがOKを出すか、彼が待ってる状態にまでなってる」

「アイツの性格考えると、ここまで引っ張っておいて断ったら大変じゃろ。上井以外に、更に敵が増えるよ。神戸さんとしては大村のことは、好きなん?」

「うーん…分かんない。今は猛烈にアタックされて、好きなのかもと思ってるけど…。あと、今から言うことは、絶対誰にも言わないで。村山君の心の中に仕舞っておいてね」

「あっ、ああ。分かった…」

「アタシは多分、上井君のことが一番好き。これまでも、これからも。こんな関係になっちゃったけど、一番大好きで忘れられないのは上井君、ただ一人。本音では、せめて話せる仲になりたい。でもここまで来たら村山君の言う通り、もう戻れないし、大村君に断ることも出来ないし。だから上井君にどう思われても、大村君には明日、付き合ってもいいよって答えるつもり」

「そっか。分かったよ。そこは幼馴染として、秘密は守るけぇ、安心しな。上井のことは俺に任せとけ。俺の数少ないつてで、神戸さんのことを忘れさせるような女の子と付き合えるように、頑張るから」

「ありがと」

「じゃあ俺も悪いけど、船木さんが改札で待っとるけぇ、先に行くね」

「うん。ありがとね。船木ちゃんも懐かしいなぁ。よろしく言っといてね」

「ああ、分かったよ」

村山は先に改札へと走り去った。

しばらく経ってから、神戸もベンチから立ち上がった。

「アタシもとりあえず前に進まなくちゃ」

村山と話し、心に貯めていた思いを吐き出したことで、神戸は決断した。

(次回へ続く)



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