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小説「15歳の傷痕」57

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- 人魚姫 -

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昭和63年7月15日(金)、クラスマッチの2日目を迎えた。

俺の3年7組は、男子のサッカーが強豪1組にPKで勝ったことで勢いが付き、準決勝で隣の8組にも勝利、2日目の優勝決定戦へとコマを進めた。

女子のソフトボールは1回戦を突破したものの、準決勝で1組に惜敗し、今日は3組と3位決定戦を行うことになっていた。

時間的に男子の前に女子の試合があるので、互いに応援に行けるが、俺は生徒会役員として女子ソフトボール運営本部にいなくてはならないため、表立って応援には行けなかった。

また女子はもう一つ、バレーボールもあったが、残念ながら負けが続き、今日は最下位決定戦に挑むことになっていた。

俺は例によって早目に登校し、まだ誰もいない教室で体操服に着替え、生徒会室に立ち寄った。

「おはよー」

「お、上井、早いな」

まだ山中しか来ていなかった。

「そうだ上井、昨日は部活に出ずに帰ったん?」

「昨日?」

「ああ、昨日。俺より先に部活に行くからって、生徒会室を出たじゃろ。俺も最後の方だけど部活に間に合って、少しだけ野球部の応援歌の合奏に出れたんじゃけど、上井がおらんかったけぇ、もしかしたら帰ったんかなと思ってさ」

「あっ、ああ…。制服に着替えるのにクラスに寄ったら、偶々おった友達に捕まって、深刻な悩みを相談されてしもうてさ…。部活に間に合わんかったんよ」

「そうなんか。ま、野球部の応援だけなら、今日の部活で1回感覚掴んどけば大丈夫じゃろ。俺も昨日チューバ吹いたら、直ぐ勘が戻ったし」

山中はそんなに追及して来なくて助かった。大谷さんとの仲直りの話し合いで部活を飛ばしたと知ったら、女子に捕まっていい気になるなと言われそうだからだ。

次に生徒会室に現れたのは、森川さんだった。

「…おはようございます…」

何となく元気がないように思えた。疲れているのかもしれない。その後も続けて各役員が体操服姿で集まって来た。
俺の相方、山田綾子さんもしっかり体操服姿で現れた。

「おはようございます。あ、上井先輩、今日もよろしくお願いします!」

「おはよう、山田さん。元気がいいね!」

何となく生徒会室全体に倦怠感が漂っている中、山田さんは案外元気だった。

「はい、昨日は部活が中止になったんですよ。だから早く帰れたので、とっととお風呂入って夕飯食べて、8時には寝てました」

「だから元気なんだ?」

「はい、睡眠バッチリです!」

俺は山田さんと軽く会話を交わし、今日の女子ソフトボールの流れと、山田さんのバレーボールの試合の時間確認を行った。
他の競技も、順次打ち合わせをし始めていた。

その中で俺は、山中とタッグを組んでいる森川さんのことが気になった。
普段から照れ屋で俺と顔は中々合わせてくれないが、今朝は照れているのではなく、疲労もあるのかもしれないが、明らかに俺のことなど眼中にない感じだったからだ。

(もしかして大谷さんの件が解決したら、今度は森川さんと喋れなくなるのか?)

ふと俺はそんな不安感を覚えた。

確かにこれまでの若本や山中の言葉で、森川さんは絶対に俺の事が好きな筈だという安心感があり、これまで森川さんに対してあまり誠実に接していなかった。

ちょっと反省しながら、山田さんと道具を運び、グランドへ出て女子ソフトボールの準備を始めた。

(とりあえず今日のどこかで、森川さんと一言交わせたら…)


昨日はどの競技も、各学年とも、トーナメントの準決勝まで進めていた。
今日は順位決定戦を下から行うスタイルだ。

女子ソフトボールの第1試合は、クラス数の多い1年と2年だった。
11クラスもあるので、第1試合では9位・10位決定戦を行い、その破れたチームは10位・11位決定戦を行う。
1年と2年が立て続けに試合を行うので、その2試合が終わるまでは3年生女子は待機だ。

校内放送で女子ソフトボールの第1試合出場クラスは早くグランドに来るように喋ったが、2年生のクラスに、若本がいた。残念ながら下位だったみたいだ。

俺のことを見付けた若本は、本部席にやって来た。

(また点数をかさ増ししてくれ、とかかな?)

と思っていたら、どうも表情がいつもと違う。

「ミエハル先輩!ほんの少しだけ、いい?」

「えっ?なに?」

というと若本は、俺の腕を引っ張り、本部席に近い死角のような所へ連れて来た。

「何々、本部席だと話せないような話?」

「そうなの。試合後でもいいんだけど、試合後は先輩、生徒会の仕事で大変でしょ?だから試合前に、と思って」

「なるほどね。で、そんな重要な話って、なに?」

「あのね、森川なんだけど」

「森川さんが、どうしたの?」

「ミエハル先輩の事を嫌いになろうとしてる!」

「嫌いに?え?」

「そう、そうなの。これ以上は時間がないから、また部活の時にでも言うね。今日は先輩、部活に出てこれそう?」

昨日は大谷さんとの話し合いで行けなかっただけだから、多分大丈夫だろう…。

「遅くなるかもしれんけど、必ず行くよ」

「良かった、必ず来てね!」

若本はそう言い、試合コートに向かって走っていった。俺は生徒会本部へ戻った。

「先輩、大丈夫ですか?」

山田さんが、不安そうな顔で聞いてくる。狐に摘まれたような気分だったが、一生懸命なこの子を不安にさせてはいけない。

「大丈夫、大丈夫。吹奏楽部の後輩だから。明日の野球部の応援の話だよ」

「それにしては若本さんの顔が、かなり真剣だったような…」

「え?山田さん、若本のこと知ってるの?」

「はい。1年の時、同じクラスだったんです。結構アタシとも話したりしてたんですよ。出席番号が末尾で近かったし」

「そうだったんだ?でもさっきは、全然山田さんのことには気が付かなかった感じだったよね」

「ですよね。だから、かなり重要な話で、上井先輩のことしか目に入ってなかったのかな、なんて思いました」

その内、女子ソフトボールに出る4クラスが揃ったので、審判担当の女子に合図を送り、試合を始めてもらった。

試合が終わるまでは傍観するしかすることがないが、俺の頭の中は若本が言った台詞に占拠されていた。

(森川さんが俺のことを嫌いになろうとしてる)

朝方、生徒会室で感じた不安は現実のものになろうとしているのだろうか。


若本からの驚くような告白を受けて始まったクラスマッチ2日目だったが、俺のクラスは男子のサッカー、女子のソフトボールは共に最後に逆転されて負けてしまった。男子サッカーは2位、女子ソフトボールは4位だ。だが女子バレーボールは意地を見せて、最下位は免れた。

サッカーの試合に出ていた時には女子が応援に来てくれ、殆どがサッカー部の長田君や、他のスポーツ万能の男子に声援を送る中、ミエハルくん、諦めないで!という声が、確かに聞こえた。
ふと女子の方を見たが、誰かは分からなかった。
だが昨日からの流れだと、大谷さんが一生懸命に発してくれた言葉なのかなと、試合後には感じていた。

女子ソフトボールも全試合が終わり、トーナメント表に山田さんが綺麗な字で書き込みをしてくれていた。
トーナメント表は、しばらく下駄箱のスペースに貼られるので、山田さんという字が綺麗な女子とペアを組めたことは助かった。

「ありがとう、山田さん。トーナメント表も綺麗に完成したね」

「いえ、アタシはこれぐらいしか仕事してないですから…。上井先輩こそ、ありがとうございました」

「いや、俺こそ何もしてないよ。マイクで喋っただけだよ」

「それですよ、それ!アタシは人前とか、マイクでとか、喋るのが苦手中の苦手なんです。だからとても上手にマイクで校内放送される上井先輩が、カッコ良かったです」

「カッコ良かっただなんて、そんな…。オジサン、照れちゃうよ」

「どこがオジサンなんですか!一つだけ年上のお兄ちゃんじゃないですか。先輩、この2日間で、本当にお世話になりました。先輩と組めて、嬉しかったです。暇な時にはアタシを飽きさせないように、面白い話をして下さったり」

「あ、いや、それほどでも…」

何となく照れて、顔が赤くなるのが自分でも分かった。

「や、山田さん、最後の仕事、やっちゃおうか?」

「あ、はい!撤収作業ですね」

ここで山田さんは、履いていたスカートを脱いで、ブルマ姿になり、指でお尻の辺りのゴムの食い込みを直していた。
テントの撤収とか、汚れそうな仕事だから当たり前ではあるのだが、その仕草に、ついドキドキしてしまった。

「じゃあ山田さん、テントの片付けからやろうか」

「はい、大物からやりましょう」

俺と山田さんで、机とイスをずらし、テントの片付けに取り掛かった。

「ところで山田さんのクラスは、バレーボールでは何位だったの?」

「残念ながら、7位でした。11クラスあるから、半分より上には行きたかったんですけど…」

「そうなんだ。11クラスもあると、上位に入るのも大変そうだね」

「そうですね。アタシの学年って、第二次ベビーブームって言うんですか?だからもう一つ二つ下の学年なんか、小学校はプレハブの校舎が作られたり、とにかく生徒を押し込め!って感じてしたよ〜」

「あ、俺の小学校もそうだったなぁ。プレハブだと夏とか暑そうでね、下級生が可哀想だったよ。それこそ男子も女子も体操服で授業受けてたよ」

「そうですよね。制服だと暑くて」

そんな会話を交わしながら片付けていると、思ったより楽しいし、手早く撤収出来た。

「山田さん、ありがとう。お陰で早く片付いたよ」

「いえいえ、先輩のお陰です。どうしてもアタシは女だから、力が弱いですし」

「じゃあ、生徒会室へ行こうか」

「はい!」

俺は模造紙と文房具を、山田さんはスカートをまた履くのが面倒なのか、小脇にスカートを抱え、俺が持ちきれなかった文房具をもう片方に持ち、ブルマ姿のままで俺の後を追うように付いてきた。

「お疲れー」

生徒会室に入ったら、山中が声を掛けてくれたが、昨日以上に野戦病院状態だった。

先に来ていた役員は、ほぼみんな机に突っ伏して寝ているか、ボーッとしている。

「皆さん、お疲れですね…」

「夏だからね、余計に疲れると思うよ。俺たちも座ろうか」

俺は山中に模造紙を渡すと、山田さんと並んで座った。

「先生から、オレンジジュースの差し入れがあったけぇ、上井も山田さんも飲みんさい」

と、山中がペットボトルに入ったオレンジジュースと、紙コップをくれた。

「お、嬉しいね。じゃ山田さん、注いであげるよ。コップ持ってて」

「え、いいんですか?アタシが先で」

「もう、先輩だ後輩だとか、抜きにしようよ。どうぞ」

「あ、ありがとうございます…」

俺が先に山田さんの紙コップにジュースを注いだら、すかさず山田さんがペットボトルを持って、俺の紙コップにオレンジジュースを注いでくれた。

「あ、ゴメンね。ありがとう」

「先輩、せっかくだから乾杯しましょ」

「そうだね、2日間お疲れ様。カンパーイ」

俺と山田さんは紙コップを合わせた。とても冷えていて美味しく、2人とも一気に飲み干した。

「あぁ、美味しかったですね!」

「本当だよね」

「アタシ、この2日間で、上井先輩と色々喋れるようになれて、嬉しかったです」

山田さんはちょっと俯き加減で、少し照れながらそう言った。ブルマ姿のままの山田さんにそう言われたので、俺もちょっと照れてしまった。

「ありがとうね。でも、これまででも生徒総会とか、文化祭とかで話し掛けてくれたら良かったのに」

「えっ、それは、恥ずかしくて…」

と言って、山田さんはまた照れた。

「山田さん、照れてる?」

「て、照れてなんか…ないもん!」

そう言い、昨日も見た、頬を膨らませるポーズを取った。
そうされると、俺も昨日と同じく山田さんの頬をツンツンと突付いてしまう。

「んもう、先輩には勝てないです。負けました…」

「よっしゃ~、俺の勝ち!なんてね。これからもさ、これを機に気軽に話し掛けてよ。末永先生という共通項もあるし」

「はい!先輩、本当にありがとうございます!」

「じゃあ俺は部活に行くから…。またね」

「はい。明日の野球部の応援、頑張って下さいね」

俺はそのまま生徒会室を出たが、山中がそこへ俺を捕まえようと慌ててやってきた。

「ん?どうした?」

「俺も後から部活行くけどさ、部活の後に時間取れるか?」

「ああ、大丈夫だけど」

「ちょっと重要な話があるけぇ。その時に詳しく話すけど」

「…うん、もしかしたらって予感はある。心の準備しとくよ」

「じゃ、その時に…」

山中はそう言って生徒会室へと戻ったが、今朝の若本からの忠告もあり、恐らくは森川さんのことであろうと、俺は想像していた。

3年7組の教室に戻ると、流石に今日は誰もいなかった。体操服から制服に着替え、カバンを持って音楽室へと向かったが、若本や山中から部活後に問い詰められるのが分かっているとなると、何となく気分が重たかった。

<次回へ続く>


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