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小説「15歳の傷痕」―33

― 恋したっていいじゃない ―
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「アタシ、K中卒業って言ったっけ?」

と、頬を赤らめた大谷さんは、予想外の答えを返してきた。

「あれ?隣の中学校卒業って言ってたよね?違ったっけ…」

俺は唯一大谷さんと会話を交わした時のことを、必死に思い返していた。

「うん、隣の中学校って、アタシは言ったよね、確か…。あのね、実はミエハル君と同じO中卒業した子に、卒業アルバム見せてもらったの。そこにミエハル君が載ってる!って思ったのは、覚えてるんだ。それでアタシが、O中なら隣の中学校だったんだな〜って思ったの」

何時の間にか大谷さんからの呼び名が、本名からあだ名に変わっていたが、俺は気付かないふりをした。きっと普段、女子仲間で喋ってる時は、俺はミエハルと呼ばれてるんだろう。しかし大谷さんは何気なく喋ったが、結構重要なポイントが散りばめられているように感じた。

「俺も、隣の中学校っていうと、やっぱりK中しか頭に思い浮かばないからさ。もう一つの中学校は隣と言うには遠すぎるし。だから大谷さんはK中卒業とは確かに明言してないけど、K中だと思い込んでたよ。でも合ってるんだよ…ね?」

「うん。合ってるよ!」

何となく大谷さんの天然な素の顔を見れた気がして、距離が更に縮まった気がした。
昨夜、辛すぎる体験をした俺には、今朝大谷さんと出会って話が出来た事は、色々な面でプラスになった。

「実は俺、中学の吹奏楽部時代に、K中に楽器を借りに、お邪魔してるんだよ」

「えーっ、そうなんだ?そうだね、アタシの中学校は吹奏楽部なんて、全然活動してなかったから、楽器も余ってたし。O中の吹奏楽部は活発だったよね、確か。もしかしたらミエハル君がK中に来た時、廊下ですれ違ってたりして」

「ひょっとしたら、あるかもしれないよね。まあ、顧問の先生が熱心じゃったけぇ、コンクールに出たり、依頼演奏に積極的に応じてたしね。でも、よく吹奏楽部が活発に活動しとるなんて知っとったね」

「う、うん。市立体育館で、何か交通安全のイベントがあった時、偶々O中の吹奏楽部の演奏もあってさ、それを観に行ってたんだよ。だから、その時は知らない同士だけど、アタシはミエハル君が演奏してるステージを、中学生時代に一度観てるんだ…」

「そっ、そうなんだ…」

お互いに顔が赤くなってしまった。

俺は何となく勝手に大谷さんのことを、友達以上恋人未満的な存在に格上げしてしまった。普段女子のグループで喋ったり、他の男子と喋ってる時と、今俺だけに見せてくれている顔は、全然違うからだ。

でも、絶対に俺から告白はしない。これは傷だらけの自分が固く決めたことだからだ。

その内、高校に到着した。

「じゃ、今日も頑張ろうね!」

「うん、頑張ろう!俺は先に生徒会室へ行ってからクラスに行くけぇ、もし朝礼に間に合わんかったら、末永先生によろしく言っといて~。お願い!」

「ミエハル君に頼まれたら、嫌とは言えないよ。もし間に合わなかったら、先生に言っとくね」

「ごめん、ありがとう!じゃあまた後でね」

「うん。アタシも模擬店の裏方に行くから、その時に、また、ね」

大谷さんはそう言って、先に内履きに履き替え、クラスへと行った。俺は生徒会室へ行った。なんとなく二日酔いも眠気も昨夜の嫌な体験も吹っ飛んだ、気持ちが回復した朝の登校になった。

「さて鍵は開いてるのかな…」

と生徒会室のドアノブを回してみたら、鍵は開いていた。もう誰かが来ているのだろう。ドアを開けたらそこにいたのは…


「森川さん!おはよっ!」

「わっ!び、ビックリしました、ミエハル先輩!おっ、おはようございますっ!」

森川さんが、変更になった2日目のタイムスケジュール表をコピーしていた。山中はまだ来ていないようだ。

「早いね、一番乗り?」

「はっ、はい!でも家からの距離を考えたら、ミエハル先輩の方が遠いのに、こんなに早いなんて、やっぱりビックリです!」

家からの距離?森川さんに住所を教えたこととかあったっけ?

「森川さんは何処に住んでるの?」

「高校の北側に出来た団地です。登校時間は歩いて8分なんですよ」

「いいなぁ、近くて。俺は片道約1時間だもんね」

「い、1時間ですかっ!?先輩のお家、やっぱり遠いんですね…」

「うん。電車通学に憧れてたのと、この高校の制服もいいな~って思ったのと、吹奏楽部の楽器が新設校だから新しいってのが決め手で選んだから、自業自得なんじゃけどね」

中3の時に付き合ってた彼女と一緒にこの高校にしようねと言って決めたことは、言わないようにした。

「それより森川さん、昨日も遅くまで残っとったんでしょ?疲れてない?大丈夫?」

「え?なんでアタシが遅くまで残ってたの、ミエハル先輩はご存知なんですか?」

「昨日の夜、吹奏楽部の仕事が終わった後に生徒会室に寄ったら山中がいて、ついさっきまで森川さんがおったって聞いたから…」

「そ、そうなんですか。ご心配ありがとうございますっ。でもアタシは家が近いから、大丈夫です!むしろ先輩こそアタシが帰った後に生徒会室に現れたんなら、10時過ぎてたんじゃないですか?その後にご帰宅されて、そして今朝はまたこんなに早くて…。まだ7時前ですよ?アタシなんかより、先輩こそお疲れでは?大丈夫ですか?お顔にも疲れが出てますよ」

大谷さんと楽しく会話しながら登校してきたから、顔色も良くなったと思っていたが、良くなっていなかったみたいだ。

「そう?まあちょっと寝不足じゃけど、今日で終わりだし。今日帰ったら、明日の夜まで眠り続けるよ」

そう言いながら、僅か8時間前にはここにいて、そこから今に至るまでに起きた出来事が余りにも凄まじかったことが、自分でも信じられなかった。しばらく昨夜からの出来事を回想し、コピー機が仕事しているのを眺めていたが、

「そうそう森川さん、実はさ…」

と声を掛けると、

「はっ、はい!スイマセン、立ち聞きなんかして!」

と、明後日な答えが返ってきた。

「へ?立ち聞き?」

「あ、あれ?先輩、アタシに何を言おうとされたんですか?アタシ、寝ぼけてますか?」

「どうやら俺より睡眠が足らないみたいだねぇ、ムフフ」

森川さんは、コピー機を稼働させながら俺と喋っている内に、一瞬にして寝落ちし、夢でも見たんじゃないか?

「アタシ、今、一瞬寝ちゃったんですかね…?キャッ、ミエハル先輩の前で、なんて失礼でお恥ずかしいことを…」

顔を真っ赤にする森川さんが、可愛く愛しく見えた。でも立ち聞きってなんなんだ?

「いやいや、みんな疲れとるもん、気にしない、気にしない。でも森川さん、立ち聞きってキーワードだけが、今俺の頭の中を回り続けとるんじゃけど…。夢でも見た?それとも…」

「いえっ、あのっ、じ、実はですねっ、かっ、過去にミエハル先輩と、背の高い先輩が、下駄箱で怒鳴りあった後に仲直りされてるのを見掛けたことがあってですね、何故かその時の光景が今のアタシの頭の中に蘇ってしまったんですっ!すいません、すいません」

「いや、謝らなくっていいよ、大丈夫だよ。怒鳴りあってた?背の高い奴と?んーと…。あ、3年生に上がった頃でしょ?」

「そ、そうですっ。アタシが2年生に上がった頃でしたから!」

吹奏楽部の幹部交代後に帰宅しようとしたら、その頃絶縁していた村山が下駄箱で俺を待ち構えていた時だ。

「思い出してきたよ。でもその時に俺とその背の高い男が話してた内容って、聞こえた?」

もし森川さんに聞こえていたら、ちょっと恥ずかしい内容だったからだ。

「あの…、その…、聞こえたような、聞こえてないような…」

「ということは聞こえてたんだね?」

「そっ、そうですっ!すいません、すいません!」

「だから、森川さんは謝らなくっていいんだよ」

でもあの時の村山との話を森川さんに聞かれていたのなら、相当恥ずかしいのは俺の方だ。若本と別れた村山が、俺に謝罪と和解をするために下駄箱で待っていてくれたという出来事で、何度も何度も「若本」という固有名詞が話の中に登場しているからだ。

「じゃあ、話してた内容も結構覚えてたりする?」

森川さんはしばらく黙っていたが、

「…はい。先輩方の話、じっと聞いちゃいました、本当にスイマセン」

「じゃあむしろさ、文化祭2日目を始める前にスッキリさせちゃおう!」

「えっ?」

「その時に何を話してたか、俺なりに森川さんに説明するよ」

「わっ、そんな、いいんですか?結構シュールなお話しでしたよね?」

「いいの、いいの。終わったことだから。スッキリさせとけば、森川さんもスッキリするでしょ?森川さんの親友が関わる話だし」

「ま、まぁ…」

そして俺は、去年からの村山との事、若本との事を、初めから今に至るまで全てを洗いざらい自分なりに、森川さんに説明した。

「…ってわけ。だから、背の高い男とも、森川さんの親友とも、仲直りしてるから、大丈夫だよ」

と言って森川さんを見たら、なんとハンカチで涙を拭っていた。

「ちょっ、森川さん、どうした?大丈夫?」

「ううっ、ミエハル先輩って、なんて心の広い先輩なんですか…。アタシ、信頼してる友達にミエハル先輩が経験されたようなことされたら、絶対に仲直りなんて出来ないです…」

「あれ?スッキリさせようとしたのに、逆効果になっちゃった…?」

「先輩、辛い思いされたんですね。なのにみんなのことを許して、アタシ達の前ではとても楽しくて明るくて。素敵です。カッコいいです!アタシ、先輩のような男の人が彼氏にほしい…って思いました!」

森川さんは涙声を振り絞ってそう言った。事実上の告白なのだろうか?でも、先輩”のような“、という形容詞が入っている。どう受け止めればいいんだ?どう返して上げればいいんだ?こんな時に、フラれてばかりの俺の恋愛偏差値の低さが響いてくる。とりあえず…

「ありがとね。俺みたいな彼氏がほしいなんて。森川さんなら、すぐに出来るよ。でも俺みたいな男は厄介だよ~。すぐ拗ねるから」

とりあえず、無難かな?という答えを返してみたが、ううん、と森川さんは無言で首を横に振った。涙は収まっているようだった。コピー機を見ると、変更後の今日のタイムスケジュール表が刷り上がっていた。

「じゃあ、俺が変更後のタイムスケジュール表を各クラスに配って、同時に校内のアチコチに貼ってあるものと貼り替えてくるよ。森川さんは、疲れてるじゃろ?しばらく生徒会室で休憩してな。ね?タイムスケジュールもコピーしてくれて、ありがとうね」

「あっ、先輩…」

既に時計を見たら7時を回っていたので、俺は大量のタイムスケジュール表とテープを持って、生徒会室から飛び出した。そのタイミングで、山中が生徒会室にやって来た。

「おはよう、山中。中に森川さんがおるけぇ、ちょっと労をねぎらってあげて。俺はコレを各クラスのボックスに入れて、あと校内に貼ってある今日のスケジュール表を貼り替えてくるから」

「お、おう。ありがとう」

山中も疲れているのだろう。突然俺が色々と捲し立てたので、戸惑いながら生徒会室へと入っていった。もしかしたら森川さんから、俺との会話について色々と相談されるかもしれないな…。


新たなタイムスケジュール表を各クラスに渡すのは、職員室前のボックスに入れるだけで済むのだが、校内のアチコチに貼られている古いタイムスケジュール表は、どこに貼ったのかを記録していないため、貼り替えに時間が掛かった。

やっと恐らく全部を貼り替えただろうと思って時計を確認したら、もう9時前だった。

どうりで校内をよく見たら、いつの間にか文化祭2日目がスタートしていた訳だ。

(あっ、クラスの朝礼に間に合わんかった!大谷さんに万一の場合…って頼んだけど、どうなったかな…)

俺は一旦生徒会室へ戻った。

するともう誰もいなかったので、みんな各自の仕事や、クラスの用事で出払ったんだろうと思ったが、山中が森川さんと何か話したのではないかと、その点だけが気掛かりだった。

とりあえず急いで生徒会役員の立場から、3年7組の一員に立場を変え、中庭に立ち並ぶ3年生各クラスの模擬店の裏方テントへと、クラスの女子の誰かが作ってくれたエプロンを着用して、向かった。

「あっ、ミエハルじゃ!」

と声を上げてくれたのは、サッカー部の長尾君だった。実家が和菓子屋さんということで、かなり模擬店の品出しで助けてもらっている。

「ホンマじゃ、ミエハルじゃ!」

「ミエハル君、大丈夫?」

「えっ?何々、何かあったの?」

あまりに裏方メンバーから立て続けに声を掛けられたので、一体自分に何が起きているのか、不思議に思った。

するとどうやら大谷さんが朝礼の際、上井は忙しすぎて生徒会室で倒れてるかもしれないと言ったらしいことが判明した。

「ちょっと、大谷さーん!」

「カオリンなら、接客に回ってるよ。でもミエハル君、本当に大丈夫?」

と声を掛けてくれたのは、いつも大谷さんとよく喋っている、佐々木京子さんだった。

「いや、この通り!大谷さんと今朝、偶々一緒の電車になったけぇ、もし生徒会の仕事が遅くなって朝礼に間に合わんかったら、何か先生に適当なこと言っといて、とは頼んだんじゃけど、倒れてることにしてとは言ってないし。大谷さん、大袈裟だってば~」

「でもミエハル君、ザ・寝不足みたいな顔しとるよ。ホンマに大丈夫?裏方なんか、手を抜いても分からんから、休んどってもいいよ」

「いやいや、全然クラスに貢献出来とらんけぇ、せめて今日の午前中は何かさせてよ」

「本当に?無理しないでね」

佐々木さんと話すのも滅多に無いことだ。こんな時でもないと、同じクラスのみんなとはなかなか喋れない。普段は同じクラスと言っても、3年生ともなると授業は文系、理系でバラバラで、クラスで受ける授業というと体育と現代文くらいだ。
更に体育は男女別だから、完全にクラス全員が揃う授業は現代文だけかもしれない。

その上俺は生徒会や吹奏楽部の関係で公欠することもあったので、余計に文化祭でクラスのみんなと親睦を深めたい気持ちがあった。

「とりあえず、ナガさんと一緒にドラム缶の火の見張りでもするよ」

「ありがとう、ミエハル君。実は男手が少なかったから、助かるの。火を見張ってくれてたら、女子は調理に専念出来るから」

今度そう言ってくれたのは、大下知子さんだった。
文化祭を機に、クラスにもう少し溶け込めていけるような気がする……。

ゴンッ

「ギャアッ、熱っ!」

「きゃっ、ミエハル君、大丈夫!?」

ドラム缶の前で火の見張りをしていたら、火の温かさのせいでウトウトしてしまい、つい頭がガクッと前に傾き、ドラム缶に額がぶつかってしまったのだ。その時にゴンという鈍い音が響き、直後に俺が熱っ!と叫んだので、俺の7組以外の生徒も何事?と、集まってきた。

「ミエハル君、大丈夫?」

ありがたいことに、調理していた女子のみんなが心配して周りに集まってくれた。

「ドラム缶にぶつけたのはどこ?額?」

そう言って調理に使っていた氷の入った袋を持って来てくれたのは、正本房江さんだった。
普段は寡黙で、黙々と勉強している女子だったが、それだけにサッと機転を利かせて、ドラム缶にぶつけた箇所を冷やそうとしてくれたのだった。

「うん、額。わっ、冷たい!ありがとう〜。何時の間にか寝てたのかな、ごめんね」

「だからアタシが言った通り、ザ・寝不足だったんでしょ?」

佐々木さんが言った。

「うん。昨日高校を出たのが10時過ぎで、色々あって寝たのが、多分2時頃じゃったけぇね。で、今朝は6時過ぎの電車で来たから…」

「うわぁ、何その芸能人みたいな忙しさ!ミエハル君、教室で寝てなよ」

「いやいや、迷惑掛けたから、何かしなきゃ…」

「ダメダメ。ミエハル君、昼から吹奏楽部で演奏もするんでしょ?今休んでないと…

「そうそう。ドラム叩けんようになるよ!」

そこへそう言って現れたのが、サックスで一緒だった末田だ。末田は文化祭には出ないが、コンクールには出たいと言っていた。

「えーっ、ミエハル君、ドラム叩くの!?凄ーい!」

女子のみんなが、急に目を輝かせて聞いてきた。

「うん、一応ね。何曲かだけ、だけど」

ちょっと照れてしまった。

「じゃあ、楽しみにしてようよ、みんな。男子にも言っておこうよ」

何だか急にスターに祭り上げられたような気分になった。

そんな賑やかな7組の裏方の様子を、こっそりと見つめていた女子がいた。

それは…

(次回へ続く)


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