カエルの研究

別府に志田下湖という湖がある。カエルの生息地として全国に名高い。

Z博士は世界的に名高いカエルの研究者である。

Z博士は志田下湖に近い母校の小学校へ、カエルの生息について、講演に出ていった。

お喋りでざわつく体育館。

博士は第一声でこう述べた。

「カエルのオシッコとウンコはどこから出るんだ!」

と言って、適当にある生徒に指差しした。

静まった体育館に、博士の一声が響いた。

「さあ、三十秒間のうちに、百字以上二百字未満で言え!」

ジリジリと三十秒が経過すると、Z博士は唇をもぐもぐささせたかと思うと「ドキューン」と言った。

「駄目だ。失格。罪滅ぼしにカエルのクソを、煎じて飲んでろ」

当てられた生徒は、「あいつ馬鹿じゃね?」と表情に書いて、体育館を出ていった。

「なかなかいい」

Z博士は次の質問に切り替えた。

「オリンピックは開催されるのか? どうだ、おまえ」

当てられた生徒は言った。

「俺は大学進学するから、関係ねえ。知るか。禿頭」

実際、Z博士は禿頭だった。

「おまえ大学行って、カツラの研究者にでもなるのか?」

その生徒もすたすたと、会場を出ていった。

体育館の後ろの方で、つまらん顔した生徒が雑談している。その様子に気がついた博士は言った。

「えっへん。後ろのおまえら。何してる? ン? 何だ。腹でも減ったか。今晩の献立の会議中なのか!」

「いいや、別に。なあ、俺達今夜ラーメン食べに出かけるなんか、話してませーん。以上」

「おまえ、志田下湖知っとるか。あそこのカエルに、ラーメン食わせてみろ。大学受かるぞ」

「知ってるよ。あの近所に毎晩残飯捨ててる婆さんが住んでるんだ。カエルも承知し尽くしてるだろ」

博士は感心した。詳しい!カエルもラーメン食って、トレビアーンと言うぞ。

「分かった。おまえは座っていい」

博士は言った。しかし、その生徒も外へ出ていった。

気がついた時、博士の前にいた生徒は、ほぼ壊滅的にいなくなっていた。

なぜだろうと思うと、ある生徒がこう言った。

「Z博士、あなたのお話には、残念ながら内容がないんです」

それは素直で聡明な少女の声だった。

Z博士は、はて、と考えた。

内容がない……。

それは博士にとって、新しい発見であった。

「君、内容がないと言うのは、意味がないと言うことかね。なるほど」

「私は歴史の本が好きだから」

「他に何が好きだね」

「全部駄目ね。教科書も授業も。学校も駄目ね。ただあるのはテクニカル?……、っていうの。そう言うつまらんものばっかりね」

…………

そう言った女生徒の言葉が胸に刺さり、Z博士の研究者人生は、大きく舵を切った。

博士はカエルの解剖学中心の研究者から、カエルの歴史学にシフトして、今や歴史学の文明史的役割を思索する知識人へと、脱皮した。

その変わりようは、お玉じゃくしがカエルに成り代わった様な、変わりようだった。

(了)

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