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焼酎の島

「プチ…プチ…」焼酎蔵の片隅で囁くように泡立つ、飴色をしたもろみに近づくと、柑橘や花の蜜を思わせる不思議な香りがした。

2018年11月中旬、伊豆諸島の八丈島から9人乗りのヘリコプターに乗り、サツマイモの収穫時期を迎え、焼酎造りの始まった青ヶ島を訪ねた。

青ヶ島には女性たちが愛する男性のために代々醸してきた自家製焼酎がある。昭和59年に造り手たちが合資会社を設立し、焼酎を島の特産品として販売するようになった。現在は代替わりが進み、各家に伝わる伝統の製法と味を大切に、女性杜氏の名前を冠した焼酎を息子たちが醸している。

「あおちゅう」と呼ばれる青ヶ島の焼酎は、世界でも珍しい「自然麹」を操り生み出される。杜氏たちは牛を飼って堆肥を作り、温暖なカルデラの中に拓いた一つの畑で麦と芋を栽培する。収穫した麦を蒸し、島に自生するオオタニワタリやガクアジサイの葉をのせて一晩置くと、野生のコウジカビが生えて黄色や白の菌糸に覆われ、発酵熱で水気が飛び、固く締まってくる。塊を手でほぐしながら空気を入れ、さらに一晩置くと、白カビが育って黒く変色し、黄と黒が混じり合ったサラサラした手触りの麹になる。

こうして造った自然麹と蒸かした芋に水を加えて仕込み、発酵が進むと空気中の酵母がもろみに取り込まれてアルコールが造られる。3週間ほど置き、発酵が落ち着いた頃に蒸留すると、自然麹と天然酵母による独特の香気をまとった焼酎ができる。

自然環境を活かした循環型の酒造りは、島を生きた先人たちによる知恵の結晶だ。青ヶ島でもかつて使われた焼酎を蒸留するための甑(こしき)は、江戸時代に薩摩藩の密貿易の咎を負い島流しとなった商人・丹宗庄右衛門(たんそうしょうえもん)によって八丈島にもたらされ、伊豆諸島に広まった。薩摩焼酎のルーツである琉球や奄美の島々でも、かつてこんな風に循環型の酒造りが行われていたのだろう。

※写真:発酵する自然麹のもろみ(2018年、青ヶ島酒造合資会社)

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